のほほんとした性格で周囲からはぼーっとしているとよく言われるが、いざとなればしっかりと感情あらわにする芯の強さも併せ持つ──そんなすずの内面と共通するものをもつ声優を探すべく何度もオーディションを重ねたが、このあまりにも特殊な要求に合致する役者はなかなか見つけ出すことができなかったという。そこで白羽の矢が立ったのが、のんだった。片渕監督はのんの演技についてこう語っている。
「すずさんは本当にキャスティングの難しい役なんですよ。十代なんだけど、ちょっとボケたキャラクターですよね。いまの十代ぐらいの女の子って、なにをやっても大体かわいいんだけど、美少女にしかならないことが多かったりする。そういうなかで、すずさんらしい抜けてる感じと、役者として喜劇的な芝居を仕掛けて面白くする意欲も持ち合わせていて、さらにティーンエイジャーにかぎりなく年齢が近い人って、いったいどういう人なんだろう……と思ったら、のんちゃん以外にいなかった。彼女の演技していない普段の姿を見て「あ、すずさんってこういう人なんだ」と思うところもあって(笑)。その感じを実際の芝居に反映してもらったこともあります」(「映画秘宝」16年12月号)
実際、のん本人も「ぼーっとしていると言われるところは似ていますね(笑)。だけど気の強いところもあるというのが共感しました」(「ユリイカ」16年11月号/青土社)と語っているが、北條すずというキャラクターにのんが合わさることで、すずは見事に実在しているかのようなキャラになった。
のんの仕事ぶりを、前掲「リアルサウンド」の映画評で松江哲明はこのように評価している。
〈この作品の声優はのんさん以外にありえないってくらいハマっている。そこにまず、のんさんの女優としての素晴らしさを感じました〉
〈能年玲奈という僕らが持つイメージを維持したまま『この世界の片隅で』に出演しているのが良かったです。ネガティブな意味合いではなくて、のんさんのこれからのキャリアは、映画やドラマに関わる人々にとって注目すべきことでしょう。彼女の歩みから学べることは少なくないはずです。彼女は復帰作として本当にいい作品と出会えた思うし、観客からは必ず高く評価されるでしょう〉
監督による細やかな描写と、のんの演技。これらによりリアリティを獲得したことで、朗らかでぼーっとしたところのあるすずが、戦争によって痛めつけられ悲壮な運命を遂げる過程が、より観客の心を締め付ける映画表現となったのである。