特集上映「東海テレビドキュメンタリーの世界」(c)東海テレビ放送
たしかに、この姿勢がなければ、この息苦しいテレビの世界で、あんな作品をつくり続けるのは不可能だろう。
しかし、同時に彼は、ただ猛進するだけでもない。たとえば、物議をかもすような題材を扱うにあたり、阿武野は必ずクレームを担当する部署に、事前に想定される問答集をつくって手渡しているという。また、作品についても、たんに撮ったものをすべて出すということではなく、ギリギリのところでバランスをとっているようだ。
戦後70年にあたる昨年、8月、東海テレビは『戦後70年 樹木希林 ドキュメンタリーの旅』という全6回のシリーズを行った。これは、女優・樹木希林が番組に関連する場所や人を旅し、更に、毎回ゲストを訪ね、過去に全国の地方局が制作してきた戦争の記憶を紡ぐドキュメンタリーについて語り合うという内容だ。
今、開催されている特集上映「東海テレビドキュメンタリーの世界」にも、このシリーズから同局制作の『村と戦争』(第4回)と『いくさのかけら』(第5回/2005)が組み込まれているが、第1回であった『父の国 母の国』(関西テレビ制作/2009)では、ゲストに笑福亭鶴瓶が登場し、政治についてきちっとした主張をした。当時、国会での強行成立が間近に迫っていた新安全保障関連法、そして安倍政権による憲法9条の空文化に対して、こう強い言葉で批判した。
「いま、法律を変えようとしているあの法律もそうでしょうけど、それも含めて、いまの政府がああいう方向に行ってしまうっていうね、これ、止めないと絶対いけないでしょうね」
「こんだけね、憲法をね、変えようとしていることに、違憲や言うてる人がこんなに多いのにもかかわらず、お前なにをしとんねん!っていう」
この鶴瓶の痛烈な安保・安倍批判は、スポーツ紙などにも取り上げられ、大きな反響を呼んだ。テレビ地上波で、それも人気商売の芸能人がここまで踏み込んだ政治的発言をするのは、昨今、異例中の異例と言っていい。プロデューサーとして同シリーズを統括した阿武野は、反響は織り込み済みだったのかという質問に対し、静かに頷く。だが実は、その編集には細心の注意が払われていた。
「放送前に、鶴瓶さんのプロダクションの社長と話をしました。そのままでいいですというのが姿勢でした。ここまで大きく育ててくれたのは落語であり、テレビの世界でしっかり根を張ることもできた。社会にお返ししなくちゃという根底を鶴瓶さんは持っていらっしゃる。その上での発言だったんです。しかし、個人を激しく批判しているようなところは割愛したんです。ダマってやってしまえばそれは芸能人の、命をとる可能性がある。だから取材対象はしっかり守るという原則は堅持したんです。収録の場で鶴瓶さんは“全部使ってくれええで”って言って帰りましたけど、全部託してくれたという信頼感に、私たちがどうお返えしするか、丸めるだけでもなく、そのままが最高という単純なものでもなく、つまり、大胆であり、なおかつ繊細でないといけないんです、この仕事は」