コンペのプレゼンでは、インクルーシブな、全体を包み込む大きな円をイメージさせると説明されていたが、実際にはこのデザインで大きな円をイメージすることはかなり難しい。Lのセリフの内側のラインを延長して無理矢理円を描いてみると、その「全体を包み込む円」から日の丸がはみ出てしまう。
もっとも、問題はこれが意図的な盗作かどうか以前の話なのかもしれない。ここまで類似の作品が出てくるというのは、パクリでなかったとしても、デザインに独自性がないということだからだ。
実際、佐野の東京五輪エンブレムは、ベルギーの劇場だけでなく、バルセロナのデザイナーが考案した東日本大震災支援のために制作した作品と似ているとの声も挙がっているし、Jリーグのロゴデザインと似ていると指摘するスポーツ新聞もあった。
また、テレビでは、五輪のエンブレムデザインでは必ず盗作疑惑が巻き起こるもの、といった解説をしていたが、実際は2016年のリオデジャネイロ五輪のエンブレムに疑惑がもちあがっているくらいで、20年さかのぼってもそういう話はない。むしろ、北京五輪やロンドン五輪のマークは、デザインとしての良し悪しは別にして、類似作品が出て来そうにない独自性の強いものだった。
「WIRED」をはじめ複数の海外メディアも指摘しているが、これらに比べると、今回の東京五輪のデザインはあまりに凡庸で、保守的だ。つまり、どこにでもある、ありふれたデザインだからこそ、類似作品がいくつも見つかったとも言える。
ただ、佐野研二郎というデザイナーは、過去の作品を見ても、けっして保守的とはいえない。もっとコンセプチュアルであざとい仕掛けをするデザイナーだ。
では、なぜその佐野がこんなありふれたデザインをしてしまったのか。そこには1964年の東京五輪の呪縛があった。
佐野は発表会見でも盗作問題へのコメントでも、日本のグラフィックデザインの草分け的存在だった亀倉雄策がデザインした1964年の五輪エンブレムへのリスペクトを強調している。大きな赤い丸の下に、金色の五輪シンボルマークを配置したあのデザインのことだ。
しかしこれは、何も佐野に限ったことではない。今回のコンペ応募作品の多くは、亀倉雄策のデザインを何らかのかたちで受け継ぐことをコンセプトにしていた。