ただ、長渕剛がこういう反戦メッセージを語るというのは、意外に思う読者も多いのではないだろうか。
というのも、長渕といえば、普段の言動はマッチョそのもの。楽曲も「神風特攻隊」なるタイトルの曲を歌っていたり、戦争映画『男たちの大和/YAMATO』に主題歌を提供したりと、むしろ国粋主義的な物語や右翼思想への思い入れが強い印象がある。
また、数年前には「SPA!」(扶桑社)2009年8月25日号で、こんな発言をしたこともある。
「わざと極端に話すからな、今から。俺は、軍国主義ってやつにもいいところはあると思うんだ。戦前の日本がそうだったけど、空襲を受けて同じ悲しみを共有してるから、女性や子どもまで竹やりを持って戦おうとした。そこには仲間や連帯が確かにあった。もちろん、戦争はよくないし、徴兵制度という名前も適切ではない。でも、10代20代30代、上は80代まで、それぞれの世代を強制的に地元の体育館とかに集めて体を鍛えるのには、ものすごく意義があると思う」
「今の日本人が失っている連帯とか絆を深めるためには、体感しかないんだよ! だから週に2日はどこかの館で強制的にしごかれる、そういう制度を憲法かなんかでつくってくれないかなって思うよな。本能的に肉体が動かなくなってしまうと、すべてが他人事になってしまうのが俺は嫌だ」
憲法改正してシゴキとは、日本会議や自民党タカ派も真っ青の主張だが、実際、右翼活動家やネトウヨのなかには、長渕ファンもけっこういるとの話も聞く。
しかし、一方で、長渕剛のディスコグラフィーを振り返ってみれば、まったく別の顔も見えてくるのだ。実は長渕はキャリアのなかで直面した戦争・紛争に常にビビッドに反応し、その都度、“反戦”のメッセージを歌ってきた。
たとえば、1991年、湾岸戦争が始まり、日本からの多額の資金協力が報道されていたとき、彼は「親知らず」という楽曲を発表。戦争のために協力している日本の政治に対しプロテストのメッセージを送った。
〈俺の祖国日本よ! どうかアメリカに溶けないでくれ!/誰もが我が子を愛するように/俺の祖国日本よ! ちかごろふざけすぎちゃいねえか!/もっともっと自分を激しく愛し貫いてゆけ/銭はヨオ! 銭はヨオ! そりゃ欲しいけどヨオ!/何ボ積んでも何ボ積んでも 譲れねえものがある〉
〈ゴルバチョフもブッシュもフセインも海部さんも/お暇なら明日俺の家へ遊びに来てくれねえか/何にもおもてなしはできないけれど/聞いて欲しい唄が3つばかりあるんだ/いったい俺たちは自由という本当の意味をどれだけ深く深く知っているのか?/目的のない自由に身をまかせて生きるくらいなら/俺は死ぬまで一睡もせずカラオケかじった方がましだ〉
(「親知らず」より)
すごい歌詞だが、この楽曲は、紅白歌合戦でも歌われ、大きな話題になった。ちなみに、この曲の最新バージョンでは「ゴルバチョフもブッシュも~」のくだりが「プーチン、オバマ、習、朴、安倍」にアップデートされている。