その後の長い議論でも「被害者のプライバシー」「被疑者家族の生命への危害」など様々な理屈をこねて、可視化の範囲をなるべく狭めようとする警察、検察、法務関係の委員たち。これに対し周防は反発する。
「取調べの録音・録画は、捜査機関に今までのような取調べをさせないための制度だ。それを今までの取調べができないから反対です、というのだから現状認識からして誤っている」
「証拠の全面開示」にしても同様だった。多くの国民はもしウソの自白を強要されても裁判が正しい判断をすると信じきっている。しかし捜査段階で得られた調書、物証などの証拠は検察が握り、全ての証拠が裁判所に提出されるわけではない。検察にとって都合の悪い証拠は裁判所に提出されないのだ。例えば袴田事件や東電OL事件なども、被告の無罪を証明する数々の物証を検察は持っていながらそれを握り潰していた。
つまり、冤罪を防ぐにはこの「証拠の全面開示」は必須なのだが、しかし、当局側の委員はもちろん、客観的な立場であるはずの刑法学者までが、この改革に一貫して抵抗したという。たとえば、京都大学教授で刑事訴訟法学者の酒巻匡は全面一括開示が制度として適当でない、と頑強に反対した。
「(酒巻の話は)前もって被告人がすべての証拠に目を通してしまえば、すべての証拠に矛盾しない嘘の弁解を容易することができるからダメだということらしい」
しかし、これに対する周防の反論はこうだ。
「すべての証拠に矛盾しない弁解ができたら、被告人は犯人ではないということではないのか。酒巻さんの意見は、被告人は真犯人だから嘘をついて言い逃れをするものだという前提に立っているのではないかと思う」
実は、酒巻は現行の証拠開示制度の設計に関わった人物でもあるという。そんな人物を委員に入れているのだから、何をかいわんやである。
「人質司法=身柄拘束」もしかりだ。例えば、痴漢で逮捕された場合、認めれば即釈放だが、否認すれば3〜4カ月も拘留されてしまう。その理由の多くは逃亡の恐れや証拠隠滅といったものだが、しかしそのほとんどは、検察のいいなりに裁判所が安易に判断しているもので、身柄拘束の必要がないものが多い。そして、この制度が冤罪の温床にもなっている。