ただ、今回の騒動はたんに小倉の性格の悪さや事務所のご都合主義、というだけではすまされないもっと根深い問題もはらんでいる。
それは、小倉の発言、さらにそれを報じたスポーツ紙やネットニュースから“反日映画に出演することは解雇理由として当然”といった認識がうかがえることだ。
そもそも、萩原が出演したドラマが仮に「反日」ドラマだったとしても、そのドラマに出演することで芸能界からパージされるいわれはまったくないはずだ。日本が犯した戦争犯罪を描こうとした海外の映画に出演しただけで、「反日」というレッテルを貼られ、非国民扱いされ、事務所から解雇され、社会からはじきだされる──。これでは、まるで戦前の言論統制社会と同じではないか。
だが、現実には、この「反日」というキーワードは今、想像以上に表現や言論への圧力として猛威をふるっている。韓流ドラマを放映するだけでデモが起こり、番組に広告を出稿する企業にまで不買運動が広がる。加えて政権までもが嫌韓反中ヒステリーの舵取りまがいのことを行うという異常事態で、テレビ局も芸能事務所も抗議に脅えきっている。そして、マスメディアやワイドショーのキャスターが平気でネトウヨの専売特許である「反日」という言葉を使ってレッテル貼りをする。
この調子だとそのうち、中国映画や日中合作映画、韓国映画に出演しただけで俳優は日本の芸能界に身の置き場がなくなる──そんな日がやってきても不思議ではない。
(田部祥太)
最終更新:2017.12.23 07:11