また供述調書にも変更を加えている。もはや何が真実だったのかどんどん分からなくなってくるのだ。ちなみに事件当時に衣類を隠せるほどの味噌がタンクに残っていたかについては従業員ごとに話が食い違っているし、この味噌を踏んでならす作業を誰が行っていたかについても、食い違いがある。何より、この時発見された衣類は袴田さんの体型に合っていなかったことも分かっている。お粗末としか言いようがない。
さらに強盗殺人というからにはカネ目当ての犯行であり、奪われた金品が存在し、それが何らかの目的で使われたとみるべきだが、袴田さんが事件後にまとまったカネを使った形跡も見当たらなかった。自白調書には事件後、「こがね味噌」元女性従業員のもとに袴田がやってきて「僕のぜにだけど取りにくるまであづかっておいて下さい」と、カネを渡したとある。
そして不思議な事に、この女性とその家族について捜査員が調べを行った直後、「匿名で清水警察署に対し『ミソコウバノボクノカバンノナカニシラズニアッタツミトウナ』と書いた手紙と一緒に現金5万700円が一部焼燬(ショウキ)されて郵送されて来たので、直に同人方を捜索して筆跡対象資料を得たうえ筆跡鑑定を行ったところ女の筆跡と一致したので同女が被告人から5万円を預かり保管していた後警察の調べを受けて贓物寄蔵の罪に問われるのを恐れて匿名で郵送して来たことが明らかとなった」という。
女性は公判でカネを受け取った事は否定しているが、一審の筆跡鑑定ではこの手紙を書いたのはこの女性だとされた。二審の鑑定では「その信頼性はない」と結論付けられており、この匿名の郵便物と女性、ひいては袴田さんとの接点は消えている。このように不思議なことが次々と起こり、それによって証拠や論点がたびたび変わっていくというのが袴田事件であった。
ところで殺害現場は、到底金目的とは思えない、真犯人の何らかの意図を感じさせるものが残されていた。次女が刺され、倒れていた場所の下に「ピアノ上部の鴨居」が倒れており、さらにその額を取り去ると、使用済み生理用パンツが2枚置かれていたという。さらに水を含んだマッチも置かれていた。本書は、これについて以下のように分析している。
「なんとも、おぞましい“処刑”ではないか。次女は、この板を枕がわりにして、うつ伏せにされていたのである。犯人は彼女の顔や上半身をことさらによく焼くことを意図してこういう火葬台ともいうべき“装置”を考案したのだ」
強盗殺人として捜査されているが現場には金品が多数残されていた。真犯人が次女殺害現場に残した生理用パンツ2枚の意味は、何なのか。少なくともこの状況だけみれば、とてもカネ目的の犯行には見えない。