『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)
「日経新聞記者はAV女優だった! 70本以上出演で父は有名哲学者」
「週刊文春」(文藝春秋)10月9日号にこんな記事が掲載された。だが、これは日経記者が過去にこっそりAVに出演していたというだけの話ではなかった。
実はこの記者は、「鈴木涼美」の名で昨年6月に『「AV女優」の社会学』(青土社)という本を上梓している社会学者でもある。同書は、彼女が東大大学院時代に実施したAV業界周辺へのフィールドワークを元とする修士論文に加筆・修正したもので、小熊英二や北田暁大からも激賞された。
現在は日経を退社しているが、その理由はAV出演をすっぱ抜かれたためではない。「文筆業との両立に時間的/立場的にやや無理が生じたため」と彼女は語る。
今回の「文春」にかぎらず、芸能人や大企業社員の“AV出演歴”暴きは、週刊誌やネットの定番というべきものだ。かくいう本サイトも、似たような記事を一度配信したことがある。
こうした報道について、当事者の元AV女優でかつ社会学者である鈴木涼美はどう受け止め、どう分析したのか。彼女にアプローチしたところ、「文春」オヤジ的価値観では太刀打ちできない、刺激的な原稿を寄せてくれた。ぜひ一読してみてほしい。(編集部)
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「週刊文春」の「日経記者はAV女優」記事に書いていないもうひとつの問題
鈴木涼美(社会学者・文筆家)
ジェルネイルの凄いところは、人本来の爪と人工爪との境目を極限まで無くしたということだと思う。チップで長さを出す場合を除いて、爪の基盤自体は自分自身の爪を使うが、それを分厚いジェルでコーティングするため、丈夫さや質感は人工のつけ爪よろしく、細かいアートを施しても3週間くらいはそれを維持できる。マニキュアではこうはいかない。それはデリバリーヘルスやDCが風俗から「場」を取り除いたことで、プロと素人の境目を極限まで不可視にしたのと似ている。綺麗なホテルでオトコと性的な行為をして代わりに何かをもらうという行為自体は、そのオカネの何割かをお店にとられるかどうかという点を除いてプロでも素人でも変わらない。そういった意味で、もともと海外映画から連想されるような売春婦に比べて素人っぽい日本の風俗嬢が、さらに「風俗嬢」という一応の定義を脱ぎ捨て始めて久しい。
ただし、顔面とおっぱい丸出しの画像を全国に配信され、カメラの前で性行為をするAV女優は現在でも、非・AV女優とは一線を画したスキャンダラスな香りのする存在であるようだ。私が渋谷の文化村通りにあるネイルサロンの待合室で、その日に発売された「週刊文春」を開いて読んでいると、受付の案内係のギャルが「そのAV女優のニュース、今朝ネットでも流れてました」と前のめりで教えてくれた。そもそも私は各所からのメールの返信や、心配した友達からのLINEの返信に追われていて、ネイルサロンに行っている余裕はなかったのだけれど、ジェルネイルを3週間と3日放置していた私の爪は、日曜日の時点で右の小指と中指が折れていて、パソコンを叩いて原稿を書こうにも、どうにも都合が悪かったのである。