Xさんは、無事に第2子を出産後、やはりどうしても上司と会社の対応に納得できず、労働審判を申し立てた。会社に対しては、マタニティ・ハラスメントによって受けた精神的な損害に加えて、Xさんは希望していなかったにもかかわらず会社によって退職に追い込まれたとして退職による損害(1年分の給与相当額)も請求した。
労働審判の第1回期日。結論から言ってしまうと、圧倒的な勝利であった。
第1回期日には、Xさん、Xさんの弁護士である我々、会社関係者として経理部長と人事部長、そして、会社の弁護士が出席した。
通常、労働審判の第1回期日では、労働審判員が労働者側と使用者側の双方に質問しながら事実を確認し、心証をかためていく。
ところが、この労働審判は全く違った。最初から最後まで審判員による会社への追及の嵐であった。
「Xさんは『正社員でいたい』とはっきり言ってましたよね?」
「それなのにどうして何度も呼び出して話をしたんですか?」
「解雇されたら育児休業給付金が受け取れなくなるって、これってこのまま拒否したら解雇するって意味ですよね?」
会社の代理人が必死に「これから2人も子どもを育てていくXさんのためであって……」と説明しようとしたが、「本人は正社員として働きたいってあれだけ言ってるのに、Xさんのためなわけがないでしょう」と審判員は一蹴。Xさんも我々も胸のすく思いがした瞬間であった。
最終的に、会社がXさんにこちらの請求額にほぼ近い金額を支払うことで和解となった。
この圧倒的な勝利をもたらした最大の要因は、動かぬ証拠であった。Xさんは、1回目の呼出しでこれはおかしいと感じ、2回目の呼出しから全て録音をとっていたのである。労働審判ではこの録音の音声と反訳を証拠として提出し、審判員は事前に音声を聴き、反訳も読み込んでくれていた。
確かに、妊娠や育児と仕事を両立していくのはハードである。だからこそ、労働基準法や育介法は、妊娠中の女性労働者の時間外労働の制限、育児中の労働者の時短勤務などさまざまな権利・制度を定めている。しかし、これらは全て、労働者から会社に請求するものであって、会社が労働者に強制できるものではない。
以前、「あなたのためだから」と言いながら上司が帰ろうとする部下に大量の資料を押しつけるCMがあった。「あなたのため」は会社のため、ということは往々にしてある。「あなたのため」と言われても、本当に自分のためなのか、会社にとって利益になるだけではないか、一度立ち止まって考えてほしい。
そして、会社には、労働者にとって不利益になることを労働者に強制するのは直ちにやめていただきたい。労働者がいるからこそ会社が成り立っていることを忘れてはならない。
【関連条文】
妊娠等を理由とする解雇その他不利益取扱いの禁止 男女雇用機会均等法9条3項
職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置 男女雇用機会均等法11条の2
不法行為による損害賠償 民法709条
労働者への安全配慮義務 労働契約法5条
産前産後の就業制限 労働基準法66条
育児のための所定労働時間の短縮措置 育介法23条
労働審判手続き 労働審判法
(弁護士 小野山静/旬報法律事務所 http://junpo.org)
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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp
長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。
最終更新:2019.03.18 11:04