また、直木賞作家の田中小実昌は“はりきらない”が作風であり個性でもあったが、快楽追求には熱心な作家だった。その快楽とは女と食である。田中には“公式”な愛人としてゴールデン街の名物ママ「まえだ」の存在があったが、しかしそれ以外にもシアトルや明石に馴染みの女性がいた。田中はこの地に気に入った飲み屋がありそこのママと親しくなる。田中が2000年2月に肺炎のため逝去したが、それはこのママが店を移したロスの地だった。また校條は1980年くらいに“明石の女性”にも会ったことがあった。
「初めて会った彼女の印象は、失礼ながら『もの凄いブス』だった。なによりも頑丈そうな前歯の突き出し方が度を超していて驚いてしまったものだ」
その半年後、校條は田中から衝撃の事実を聞く。
「あのさ、この間の彼女死んじゃったのね。線路のうえに横になっていたらしいよ」
校條は彼女の自殺が田中とはおそらく関係ないとしてそれ以上の詳細は記していないが、陽気でスケベ親父と周囲には思われていた作家の、これも壮絶な一面だ。
その他、本書で取り上げられる多くの売れっこ作家は皆“風変わり”だ。家族のいる豪邸に帰らず各地を彷徨った水上勉は、酒癖の悪い小林秀雄にネチネチと絡まれウソ泣きで切り抜ける。女性をこよなく愛し、晩年まで銀座でもダンディぶりを見せつけた渡辺淳一は、愛人の存在を隠さず妻に報告していた。外面の良かった藤沢周平だが、日常生活では最低限のことばしか発しなかった。様々な作風を使いこなした多島斗志之は2009年12月、家族、友人たちに手紙を送付して失踪し、現在でもその消息が知れない。
まさに波瀾万丈、奇人変人の集まりのような“作家ワールド”。芥川賞作家となった又吉もまた、先達に見習って奇人変人ぶりや編集者への横暴ぶりを見せてくれるか、そして奇人変人の先輩たちにどう揉まれていくのか楽しみなところだが、しかしそれがマスコミで批判されるなんて心配はご無用だ。
編集者にとって作家の悪口を公表するなどタブー中のタブー。本書が作家の“内実”を暴露できたのも、取り上げられた作家がほとんど物故者か引退同然の状態だからだ。
だから、いくら又吉がおかしなことをしても、今後は“作家タブー”に守られ、マスコミでそれが報じられることはほぼないだろう。又吉センセイにはぜひ、思う存分やりたい放題やっていただきたい。
(林グンマ)
最終更新:2015.08.20 08:06