すると、太田の連載やラジオの発言から徐々に、憲法や歴史認識などを扱う機会が減り始め、2007年頃には、こういうイデオロギー的なテーマに触れることはほとんどなくなった。「TV Bros.」の連載もいつのまにか、社会批評でなく自分のヘタな小説や童話を発表する場になった。
そして、第二次安倍政権が誕生して、右傾化が一気に進み、憲法改正の動きが本格化した今も、その状況はまったく変わっていない。政治ネタはあたりさわりのない政策論かギャグ、本格的な安倍批判やヘイトスピーチ批判、9条擁護のような正面切った発言はほとんどしていない。
NHKでボツになったネタも、小渕優子を「当選した瞬間に小渕ワインで乾杯してルネッサ〜ンス」と、他愛のないギャグでからかうものにすぎなかった(逆に言うと、NHKがこの程度のネタもNGになってしまうほどの厳しい表現チェックがしかれている、ということでもあるが)。
どう見ても、太田は右翼団体の抗議をきっかけにして、自らの憲法擁護、戦争反対、歴史認識という主張を封印してしまったとしか思えないのだ。しかも、戦線はさらに後退し、いつのまにか、安倍首相の傀儡である籾井会長をかばうようにまでなってしまった。
もちろん、テロは誰しもこわいし、右翼の抗議で一時的に口をつぐみたくなる気持ちもわからないではない。だが、太田の場合はその変化があまりに極端なのだ。
こうした背景には、所属事務所代表でもある妻・太田光代の存在が大きく関係しているのではないか、ともいわれている。太田と親しいあるお笑い関係者がこう語る。
「実は太田は、右翼の抗議のあった後も政治的な発言を続けようとしたし、しばらくは続けていた。ところが、光代さんが大反対したんです。『家族や社員の命を危険にさらして何が平和なの!』と怒鳴りつけて、太田の動きを封じ込めてしまった。太田も売れない時代を支えてくれた光代サンには絶対頭が上がりませんからね。今回のNHK問題もおそらく光代さんが釈明をさせたんでしょう。『週刊文春』にも自ら登場して、時間の関係でカットされただけ、なんていう明らかに無理のあるNHK擁護をしていましたしね」
所属事務所のタイタンは以前は爆笑問題の個人事務所でしかなかったが、今は所属タレントも増え、事業の多角化も行っている。爆笑問題自体もさまざまなCMに出演し、光代としては太田の表現よりも会社、ビジネスを優先させた、ということらしい。
紅白で安倍首相を揶揄する政治的パフォーマンスを見せたサザンオールスタ―ズの桑田佳祐が即座に謝罪したのも、所属事務所であるアミューズの意向だったといわれているが、芸能人が政治的主張をする際、所属事務所やスポンサーなどの利権構造が大きな障害となっているのは間違いないだろう。
そう考えると、表現・言論の自由が定着していないこの国で、芸能人に権力と戦い、政治的信念の貫徹を望むこと自体が無茶なのかもしれない。ただ、一方で、この総右傾化の時代に太田光の過激な戦後民主主義擁護が健在だったら、という思いが消えないのだが……。
(酒井まど)
最終更新:2017.12.09 05:03