〈スターアカデミーは芸能界、放送業界に絶大な力を持っていた。ナナはその会社は勢力を拡大し続けた時代の一つの神話であった〉
〈スターアカデミーには様々衆口が取り沙汰されていた。私が小説を連載していた週刊誌『S』が数回に渡って、闇の部分を追求する特集記事を載せていたが、芸能事に疎い私にその真偽など分かろうはずもなかった〉
文中に出てくる週刊誌『S』とは「サンデー毎日」のこと。当時、芸能界最大のタブーとされたバーニングの闇を「サンデー毎日」が異例の追求キャンペーンを行っている。
そんな状況の中、トオルは男性雑誌の対談で初めてナナと対面する。
〈撮影が終わり、食事に誘われ、最後のバーを出たのは明け方のこと。私が彼女を送ることになり、タクシーを拾い、方向を告げた。車が停車する少し前、ナナは私の手を上から強く握りしめた〉
その後、ナナはトオルの仕事場にやってきて、2人は恋愛関係になっていく。しかし2人の恋は普通とは違った。なぜならばナナの背後にスターアカデミーの存在がちらついていたからだ。
〈ナナが私の前に立ちはだかれば立ちはだかるほど、すれすれの危険を冒しているのではないかという不安や警戒心が増した〉
スターアカデミーに対しての漠然とした恐怖。しかも東京では人目もある。恋する2人はパリへと旅立った。そのパリで、ナナはトオルに結婚と出産をにおわす。
「もう恋はいいんです。恋とか愛とかそういう形ばかり気にしなければならないものはいらないの」
ナナはこの時、トオルに結婚したらパリで子どもを育てたいという提案をするのだ。早急なナナに尻込みするトオル。そんな2人の前に現れるのが、ナナのマネージャーである佐々木繁だ。このモデルは中山の所属事務所ビッグアップルのY社長のことではないかと見られるが、佐々木はナナという女優をつくり出し有名にした人物で、ナナにとっては肉親のような存在。しかし、同時に厳しい敵でもあったという。
この佐々木は、まず最初に、進んでいた原作映画でトオル自身が監督を務めることを反故にする。
〈原作者が映画を撮るのはよくないというテレビ局の、全くの正論を佐々木が私に伝えた〉
〈佐々木がテレビ局の代理となって、私を説得した。映画の企画をたてた制作会社の人間たちも、すでに蚊帳の外。テレビ局が動き、スターアカデミーが動いていたのである〉
プライドを潰されたトオルだが、さらにナナもトオルと一緒に映画をつくることをなぜか望まず、このように話す。
「監督なんてしなくていいと思います。むしろ引き受けないでほしい。あなたはもっと大切なものがあるから」「芸能界を知らない方がいい」「芸能界はあなたが生きる場所ではありません」
一体どういうことか? スターアカデミーを熟知していたナナは知っていたはずだ。自分と付き合い、そして仕事にまで絡んでくる人間は潰される。過去に付き合った男性たちは皆潰されてきた。でも、今度こそは幸せになりたい。だからこそ、トオルには芸能界から遠くにいてほしいと。
さらにその渦中、写真週刊誌に2人の関係がスッパ抜かれる。トオルの関係者の多くも「スターアカデミーに潰されるのではないか」「大丈夫か」と危惧し、トオルもその反応の大きさに不安を抱いて行く。
そんな喧噪のなかでもナナは一途だった。自分の夢は愛する人の子どもを生んで、誰にも邪魔されず、静かに暮らすことだというナナ。そしてトオルはナナに聞く。事務所についてどう思うのか、と。ナナは微笑んで「そのことははっきりと答えられる」と言ってこう告げた。
「いいですか、私がスターアカデミーなのです」