メディアと国民は人工呼吸器もマスクも用意できない安倍政権の責任を問うべきだ
それは28日におこなわれた会見で安倍首相がぶち上げた、全国の小中学校の生徒と教職員も含めて1100万枚の布製のマスクを4月中に配布する、という話だ。政府は学校再開の方針を打ち出し、「マスクの使用」を学校現場に押し付けたことから批判が出ていたが、それを受けてか、安倍首相は布製マスクの配布を打ち出し、こう胸を張ったのだ。
「ご存じのように、この布製のマスクは洗剤で洗えばもう一度使っていくことができます。ですから、使い捨てではなくて、この1回のマスクを何回も使えることができるということでありますので、急激に拡大している需要に対応する鍵となると考えています」
布製マスクについては、織り目が荒いために飛沫を防ぐ効果が小さい、繰り返す洗う際の管理によって不衛生になる可能性があると指摘する専門家もいる(朝日新聞デジタル30日付)。「需要に対応する鍵」にはなるかもしれないが、感染拡大のなかで学校を再開させることの言い訳にはまったくならないのだ。なのに「1人1枚、布製マスクを配ります!」と得意気に語るとは……。
だが、問題なのは、安倍政権がいかに新型コロナ対応で後手後手に回り、人工呼吸器不足をはじめ国民の命を左右する問題にまで発展しつつあるのに、政権への批判があまり起こっていないことだ。
実際、人工呼吸器不足についても、テレビのワイドショーなどでは「人工呼吸器が足りないのは世界も同じ」などとし、人工呼吸器不足に対応してこなかった政府の不作為を問いただすこともなく、さらには「人工呼吸器やECOMOが足りたとしても、それを使用できる医療従事者がそもそも少ない」などと問題のすり替えをはじめている始末だ。
トランプ大統領も国民から「後手後手の対応だ」と批判を受けて次々に経済・生活補償策を打ち出し、ジョンソン首相は当初掲げた「集団免疫による収束」という方針に批判が殺到したことで方針転換し、PCR検査の拡充や抗体検査キットによる在宅検査などを進めるようになった。つまり、国民からの批判が起こらなければ姿勢を正すこともできないのだ。にもかかわらず、日本は他国とくらべてあらゆる対応が後手後手で杜撰極まりないというのに、テレビをつけてもそうした声はほとんど聞こえてこず、自助努力ばかりが叫ばれている。東日本大震災時はあれだけ政権批判が巻き起こっていたのに、である。
これこそが安倍政権のあいだにおこなわれたメディアへの圧力強化の成果なのだろうが、しかし、新型コロナ対応は国民の命に直結する重大問題だ。そんな場面で政権の方針を修正させるために重要な批判が抑え込まれている現実……。いま、もっとも恐るべき事態を迎えていると言うほかないだろう。
(編集部)
最終更新:2020.03.30 11:09