前川喜平・前文部科学事務次官(17年秋撮影=編集部)
財務省の森友文書改ざん問題の裏で、文科省でもとんでもないことが起きていた。前川喜平前文科事務次官が公立中学校に講師として呼ばれたところ、文科省が名古屋市の教育委員会を通じ学校側を問い詰め、授業記録や録音データの提出まで求めた件だ。これは極めて異例のことで、教育の独立を阻害する公権力の圧力行為としか言いようがない。
報道によれば、愛知県の公立中学校は2月、「総合的な学習の時間」の一環として前川氏を講師に招いた公開授業を行った。前川氏は「これからの日本を創るみなさんへのエール」と題し、自らの不登校経験などを元に生徒へ生きる力の大切さなどを語った。政治的な話はなかったという。
ところが、この授業を知った文科省は、名古屋市教委に内容確認を要求。2度に渡って合計約30項目に及ぶ質問書を送りつけたというのだ。
その内容は〈授業を行った主たる目的は何だったのか〉などと詰問し、前川氏について〈いわゆる国家公務員の天下り問題により辞職〉〈いわゆる出会い系バーを利用〉と書いた上で、〈こうした背景がある同氏について、道徳教育が行われる学校の場に、また教育課程に位置付けられた授業において、どのような判断で依頼されたのか具体的かつ詳細にご提示ください〉と連ねるというもの。前川氏への人格攻撃によって公開授業を批判し、学校側に圧力をかける狙いは明らかだが、さらに文科省は講演録や録音データの提出まで迫ったのである。
まさに戦中の政府による検閲、思想統制を彷彿とさせるではないか。こんな介入が野放しにされれば、教育の現場が萎縮することは必至。当然、専門家からも文科省への厳しい非難が相次いだ。
たとえば日本教育学会会長の広田照幸・日本大学教授はNHKの取材に対し「明確な法律違反の疑いもないまま授業内容にここまで質問するのは明らかに行き過ぎだ」「国があら探しするような調査をかけることは教育の不当な支配にあたると解釈されてもおかしくない」と指摘。元文部官僚の寺脇研氏は、15日放送の『NEWS23』(TBS)で「教育の国家統制になっていくわけじゃないですか。その反省を基に戦後の教育が成り立っているわけだから、いわゆる役所がこれはやっちゃいけないということが壊れてきてしまっている。とにかく異常」と痛烈に批判した。
その通りとしか言いようがない。この問題発覚を受けて林芳正文科相は、「法令に基づいた行為だった」「必要に応じて事実関係を確認するのは通常のことだ」と開き直ったが、録音データの提出まで求める介入が「通常」でもなんでもないのはもちろん、この一件は法律や憲法に抵触する可能性が高い。