いや、もし田中が息子たちを養育するとしても、それでなぜ母親が責められ批判される必要があるのか。しかも田中本人も子どもたちの今後について「子どもたちの父親、母親としてしっかりと責任を果たしていきたい」と両親としての責任をはっきりと表明しているにもかかわらずだ。
こうした風潮は、14年、中山美穂が親権を手放すかたちで辻仁成と離婚した際にも起こっている。また現在『NEWS23』(TBS)でキャスターをつとめる雨宮塔子が、16年の復職の際にフランス在住の離婚した前夫に2人の子どもを託したときも、「母親失格」「身勝手」などのバッシングが起きたことは記憶に新しい。そこには「母親のくせに」という“感情論”と、そして日本に根強く存在する“母性神話”がある。そう、子どもを守り育てるのは母親の役割であり、母親も子どもの側にいるのが一番幸せだという押し付けと価値観だ。
だが、この母性は本能などではない。フランスを代表するフェミニストで、歴史家でもあるエリザベット・バダンテールは1980年に発表した『母性という神話』(ちくま学芸文庫)で、母性は18世紀頃につくられた神話であるとして、こう批判した。
「女は母親という役割に閉じ込められ、もはや道徳的に非難されることを覚悟しなければ、そこから逃れることはできない」
「人はこの母親の任務の偉大さや高尚さをたたえる一方で、それを完璧にこなすことのできない女たちを非難した。責任と罪悪とは紙一重であり、子どもにどんなわずかな問題点があらわれても入れかわるものだった」
日本はこの母性神話の強制力がとてつもなく強い国だ。日本では、離婚した際に8割以上のケースで母親が親権をもつといわれているが、現実には、母親が元夫や親族から「子育ては母親が責任を負うべきもの」というプレッシャーをかけられて、十分な生活、自立能力がなくても親権者になっているケースも多い。裁判所の判断も同様で、親権訴訟になった場合は、よほどの事情がないかぎり母親に親権を認める傾向がある。
一方で、親権を手放した父親が非難されることはほとんどない。しかも離婚後、父親による養育費不払いが横行しているが、それも母親側の“自己責任”とされ、シングルマザーの貧困の大きな要因となっている。
そもそも世界的に見れば、離婚後、両親のどちらかにしか親権がないという考え方がおかしいのだ。夫婦が子育てを等しく分担、共有し、等しく子どもに愛情を注ぐ。それが世界的な流れである。だが結局、この国は子育てを母親だけが負担するという価値観から抜け出せないでいる。それが今回、小日向への卑劣な誹謗中傷、バッシングで露呈したということだろう。
こうした非科学的、感情的な親権の考え方が、母親“だけ”が子育てをするという社会的強制を生む。男尊女卑的で旧態依然とした子育てウヨク的なこうした風潮こそ、少子化を加速させ、シングルマザーの孤立や貧困、子どもの虐待など大きな社会問題さえを引き起こすことを決して忘れてはならない。
(伊勢崎馨)
最終更新:2017.12.01 04:31