いかにもリア充作家(最近ではハロプロのアイドルにハマったりと新海監督とは違った意味でオタク化しているが)らしい石田氏のステレオタイプな批評が、本人からも、また、監督のファンからも不評を買い炎上してしまったわけだ。しかし、実は、こういった批評があることを新海監督自身も前々から認識していた。
たとえば、「週刊プレイボーイ」(集英社)13年5月27日号ではこのように語っていた。
「風景がきれいなアニメを「新海作品みたいだ」と言ってくれる方もいれば、童貞臭がする物語とかハッピーエンドじゃない物語も「新海っぽい」と言っていただけることもありまして(笑)。そういう童貞くささとか悲劇性を求めている人からすると、昔からリア充の人には僕の作品が伝わらないだろうと思われるのかもしれませんね」
『君の名は。』以前に彼の代表作として挙げられることの多かった『秒速5センチメートル』が特に顕著だが、『ほしのこえ』でも『雲のむこう、約束の場所』でも『言の葉の庭』でも、一貫して彼のつくる物語の主軸になっていたのは、「運命の相手だと信じた恋人と引き裂かれていく過程を、(男性側のナルシシズムを多分に含んだ視点で)感傷的に描いていく」といったものだった。
それを世間は一言で「童貞臭」とまとめたわけだが、その作家性こそが新海監督をカルト的な人気を誇るアニメ監督に育てた大きな要素の一つであることは間違いない。
しかし、『君の名は。』という作品は、そういった従来の作家性の殻を破ろうと苦心した末に生まれた映画だった。『君の名は。』の脚本を執筆するにあたり、新海監督は川村元気プロデューサーを筆頭とした東宝のスタッフと徹底した脚本会議を行う。その際には、「これは無神経ですよ」、「気持ち悪いです」といった遠慮ない指摘を受けたとの証言も監督はインタビューで語っている。
「下手をすると無神経な展開になりかねませんので、そう思わせないための「回路」をきちんと作る。その点、脚本会議で「これは無神経ですよ」とか「気持ち悪いです」とかダイレクトに伝えてもらったことで、だいぶ助かりましたね」(ウェブサイト「ダイヤモンド・オンライン」16年9月22日付)
そのなかでも特に、『何者』、『怒り』、『バクマン。』、『モテキ』、『悪人』、『告白』など数々のヒット作を生み出してきた川村元気氏とのやり取りは壮絶だった。大根仁監督が「悪魔」とまで呼んだプロデューサーと仕事をした苦労を監督はこのように語っている。