さらに大嶋さんは飲み会で上司から革靴に酒を注ぎ込まれて飲めと強要され、飲みっぷりが悪いとその革靴で殴られる、などの扱いを受けていた。連日の深夜、早朝帰宅に、徹夜、そして上司からのパワハラ。そんな状況が続き、大嶋さんは変調をきたしていく。
深夜、会社の真っ暗なフロアで目を開いたままぼんやり横になっていたり、それまで明るく積極的だったのが暗くうつうつとして、目の焦点が定まっていないこともあった。帰宅時には汗ばみ疲れ果て、目が飛び出しそうな感じでもあったという。そして自殺――。
だが当初、大嶋さんの両親は訴訟を起こす気はなかったという。しかし息子の死の原因が何か調べるうちに浮かび上がってきたのが、長時間労働の隠蔽と、大嶋さんの自殺に対する不誠実な電通の対応だった。
父親が入手した資料によると、大嶋さんの残業時間は月に147時間にも達し、年間の勤務時間は3528時間だった。これは当時の政府が目標とする年間1800時間の2倍の数字であり、過労死する危険性のある年間3000時間を優に超えるものだ。だが電通側はそれを認めようとはせず、残業時間は少ないと主張した。
大嶋さんの父親が、当時の電通社長に再発防止の訴えを記した手紙を送っても、何の反応もなかった。
〈いかに会社と遺族とでは、その自殺の原因についての見解が異なるとはいえ、少なくとも社員だった者の遺族からの手紙に、お悔やみの返事を出すというのが、日本社会における常識であろう。〉
弁護士を介しての会社への正式な申入書に対しても、電通からは「一切責任がない」とそっけない回答があっただけだった。こうした電通の姿勢に憤った両親は、止むに止まれず訴訟を決意する。
しかし訴訟となっても、電通の対応は同様で、長時間労働だけでなく、その責任を一切認めなかった。
〈会社は社員の長時間のサービス残業を知っていたし、一郎君の上司も、一郎君の長時間労働や、健康状態の悪化を知っていた。それなのに放置していた。
会社はまた、「一郎君の仕事量も多くなかった」とか、「管理巡察実施報告書のように、一郎君が、深夜あるいは早朝まで会社内にいたとすれば、それは、仕事以外の理由である。「うつ病」であるわけがない、「自殺」も、仕事とは関係ない、個人的事情、家庭的事情であるはずだ」という、失恋説、冷たい家庭説などを、具体的根拠も示さずに、一審以来主張し、高裁段階ではさらにエスカレートさせている。〉