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「イスラム国志願で拘束」は嘘だったが、実際にイスラム過激派に入った日本人の若者がいた! 戦闘にも加わり重傷

 なお、入学後は「北朝鮮に潜入して金正日を暗殺するにはどうするか」という空想もよくしていたらしい。1年生のときには小林よしのりの『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』(幻冬舎)に衝撃を受け、「聖書のように信奉するようになった」。しかし、2年生のころに、またもやいじめの対象にされた。その後、自衛官をやめた鵜澤氏は大学に進み、リアカーでの野菜の移動販売を始め、「ベジタブル王子」として多数のメディアにも取り上げられたという。しかし、彼の「戦い」への渇望は癒えなかった。鵜沢氏はこうも書いている。

〈「戦場」という「生と死がせめぎ合う場所」に自分の身を投じることで、今の八方ふさがりの自分を変えられると思ったのだ。〈戦場で戦うために生きる──〉
 漆黒の闇の中にいた僕は、そこに一筋の光を見出した。自分で自分を追い詰めてしまった僕の、ある種「やけくそ」的な選択であったが、今の自分を壊して生まれ変わるという荒療治以外に、この苦しみを乗り越える方法はないように思えた。
「なぜ生きるか」という問いに自ら導き出した答え。そしてこの答えが僕のアイデンティティとなり、「生きる」勇気と希望がわいてきた。〉

 ようするに、鵜沢氏は日本で行きていくことの閉塞感を打ち破るために、戦争に向かうしかない、と考え始めた。自らのアイデンティティを満たすために戦争が必要だった。どうやらそういうことらしい。

 事実、シリア以外にもソマリアと南スーダンを候補にしていたというが「選んだ理由は単純で、どこも激しい内戦を行っていたから」だという。「イスラム戦士」になったのも、特段、イスラム教にシンパシーを持っていたわけでもなく、単に「戦い」を欲していたからとしか思えないし、実際にそうなのだろう。

 なお、同書では直接明示されてはいないものの、鵜澤氏は戦場で「敵兵」を殺害したことを匂わせてもいる。帰国後、戦場の悪夢にうなされているという鵜澤氏は、そして、同書でこんなことも述べている。

〈集団的自衛権が行使され、自衛隊がサラフィー・ジハーディストや、もしくは誤って住民を殺してしまった場合、なにが起きるか。「報復措置」として日本国内が攻撃されるリスクは、飛躍的に高まるだろう。サラフィー・ジハーディストは日本にとって脅威なのか否か。リスクを犯してまで自衛隊を派遣する必要があるのか否か。それらを冷静に分析し、判断する必要があるように思う〉

「戦い」を渇望していた彼が、実際の戦場を体感した人間だからこそ、安易な集団的自衛権によって何が起こるのかを想像できてしまう、ということだろう。

 しかし、わたしたちは、鵜澤氏の行動をどう受け止めればよいのだろうか。日常への閉塞感、個人の実存の問題を、「戦争」という大きな物語に求める行為は非常に安易にうつる。しかし、今の日本に鵜澤氏のよう閉塞感を抱えている若者が多いのは事実だ。今回、トルコで拘束され国外強制退去になった男性も奇しくも鵜澤氏がシリアへ向かった歳と同じ24歳だが、もしかすると、彼もまた同じような悩みを抱えていたのかもしれない。今後も「戦士」になるために戦場へ向かう日本人が出てくる可能性は、決して低くない。
(都築光太郎)

最終更新:2017.11.24 09:21

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