これらのエピソードは聞いているだけで大変胸のすく思いのする話だが、これらはあくまでも「ささやかな抵抗」に過ぎず、戦時下、芸人たちは自分たちのやりたい芸をできない状況に追い込まれたのは厳然たる事実だ。
先ほどご紹介した「はなし塚」では、今でも毎年落語芸術協会による法要が行われ、「禁演落語」を生み出してしまった苦い経験を忘れまいと落語家たちが集まっている。しかし、爆笑問題が政治ネタの漫才をNHKに持っていったら却下されたり、SEALDsのデモに参加した石田純一が事務所や広告代理店から圧力を受けたりと、どうも時代は「禁演落語」を生み出してしまった時代に逆戻りしているような気がしてならない。
エンタテインメントは庶民の生きる糧であり、そして、「笑い」は庶民が持ち得る権力への抵抗の武器だ。それが奪われるような状況を再びもたらしてはならないし、権力にそのような介入を許すことも断じて認められない。
最後に、戦時中は「仏領インドシナ二三隊」に従軍し、戦後、人間国宝にまでなった五代目柳家小さんの言葉を引いて本稿を閉じたい。戦争は我々になんの利益ももたらしてはくれないし、何よりも、大切な「笑い」を奪うものなのだ。
〈お前らはよくテレビや映画で見ていると、戦争なんていうものは、何か勇ましいものだ、かっこいいもんだと思っているだろう。冗談じゃねえぞ。そんなもんじゃねえ。実際行ってごらんよ〉
〈そりゃ、もうむごいもんだぜ〉
〈だからな、これから何事かおきても日本は、戦争なんかしちゃいけねえ。行ったおれたちが言うんだから、間違いねえよ〉
(井川健二)
最終更新:2015.11.01 11:04