これはやはり、詳細に報道したら、太地町のイルカ追い込み漁は「残酷」と言われかねない、視聴者からも批判が殺到しかねない、という配慮が働いているからからだろう。
しかし、本当にそれが日本の独自の文化だと考えるなら、きちんと詳細を明らかにすればいいではないか。実際、漁法が現代的な価値観で「残酷」だからといってそれが即、非難に値するわけではない。生き物を殺しているという意味では、牛や豚の屠殺も、狩猟も、地引き網漁も同じであり、イルカ漁だけが特別ではない。
これは人間という生き物がもつ本質的な「残酷」さにもつながる問題であり、欧米の圧力に対してはそういう議論で対抗すべきなのだ。
そうした本質的な議論をやらずに、とりあえず、当たり障りのない映像だけを流して「日本独自の文化に文句をつけるのはおかしい」といっているのは、ただのごまかしでしかない。
実際、愛国的なセリフだって、本音とは思えない。「日本」が大好きな視聴者に「配慮」しておかないと(映画『ザ・コーヴ』みたく)すぐさま「反日」「売国」のバッシングをくらってしまう。だからとりあえず「イルカ追い込み漁は日本古来の伝統で〜」などと言ってお茶を濁して、本質的なところには立ち入らない。そんなところではないか。
結局、日本のテレビメディアは別にこんな問題を本気で考えているわけではい、ということだろう。彼らが求めているのは、日本国内でどこからも文句をいわれない無難な報道をして、そこそこ視聴率をとること。その意味では、海外にだけ文句を言えばいいイルカ追い込み漁問題は格好の話題だったのだ。
そう考えると、今回のイルカ問題が浮き彫りにした最大のものは、外国の動物保護団体の横暴でも追いつめられる日本の鯨食文化でもない。日本のテレビのごまかしだらけの報道姿勢だったというべきかもしれない。
宮根もイルカと話せるなら、ぜひ聞いてみればいい。きっとイルカたちも「ごまかすな」と怒ってると思うで。
(宮島みつや)
最終更新:2015.05.26 09:18