さらに、同じく四版の<時点>の語釈は、こうある。
「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」
具体的すぎる「1月9日」という日付。そう、山田氏が見坊氏との関係に亀裂が入った、あの打ち上げの日だ。73歳となっていた山田氏に、どんな気持ちの変化があったのか……。しかも、一方の見坊氏も、平成4(1992)年、77歳で改訂した『三国』四版に、新たにこんなことばを加えている。
「ブルーフィルム 性行為を写したわいせつな映画」
豊富な用例採集に裏付けされた「“今”を写し取る『現代語辞典』」をつくりつづけた見坊氏が、なぜ平成の時代に、すでに廃れたブルーフィルムなどということばを取り上げたのか。その事実を突き止めた著者は、最晩年を迎えた見坊氏が「きっと、四人の編者が顔をつき合わせ、ことばについて熱く議論していたあの頃を思い出していたのだろう」と綴っている。そして、『新明解』には、頑なに鑑賞会に参加しなかった山田氏の手によって、初版から「ブルーフィルム」ということばが掲載されていたことも、見坊氏は知っていたのだろう、と。
無味乾燥だと思いがちな辞書のなかに、隠された友情。この物語の行く末は、ぜひ本書で確かめてほしい。アプローチの仕方は違えども、社会からことばを拾い、解釈し、表現し伝える2人の仕事から、間違いなく辞書への印象はがらりと変わるはずだ。
(田岡 尼)
最終更新:2015.01.19 04:50