安藤百福の自伝には〈殴られ続けて〉や〈暴行〉とあるだけで、どれくらいの拷問を受けたのかは定かではないが、絶食して自ら身体を衰弱させようという考えが浮かんでくるほどなのだから、『まんぷく』の拷問シーンのように甘いものでなかったことだけは確かだろう。
一部の視聴者が怒っているように「憲兵を意図的に悪く描いた」というものではない。むしろ、マイルドに描き過ぎているぐらいだ。
これまで、NHK連続テレビ小説でも、戦時中の日本軍や憲兵の市民に対する横暴な態度を描いたことはあったが、こんな意見が出てくることはなかった。背景にあるのは、もちろん安倍政権と極右勢力による歴史修正主義の喧伝だろう。「慰安婦」問題や南京虐殺など日本の戦争責任に触れる言説が、ここ数年、極端にメディアから排除されているが、憲兵の描写までもが槍玉にあがるとは戦争に関する認知の歪みもここまで来たかという感がある。
こうしたネトウヨたちの声をただのトンデモと片付けることはできない。というのも、ネトウヨたちや右派政治家たちの抗議や非難の声にメディアが過剰防衛し、どんどん表現が萎縮しているからだ。
当の『まんぷく』もそうだ。『まんぷく』では以前から問題を指摘されていることがある。それは、主人公の夫・立花萬平の出自についてだ。
安藤百福は1910年に台湾で生まれた。当時の台湾は日本領である。幼くして両親を亡くし、祖父母のもとで育てられた彼は、祖父が営んでいた呉服屋を手伝い、22歳で独立。繊維業の会社を興している。会社はすぐに軌道に乗り、1933年には大阪に居を移すことになる。
しかし、『まんぷく』では、立花萬平の出自が明かされないのである。
10月9日放送の8話では、「父親は僕が物心つく前に、母親はそのすぐ後に亡くなりました。僕は兄妹がいなかったからひとりで親戚の家を転々としたんです。どこの家も色々と大変だったんですよ。僕は自分が迷惑をかけるのが嫌だったから18歳で働き始めたんですよ。修理屋でね。そのうち、カメラでも時計でも、たいがいのものは直せるようになって、25歳のときに独立して大阪に来ました」と、生い立ちについてかなり詳細に語られているが、それでもやはり生まれがどこかという情報だけは出されなかった。
実在の人物をモデルにしている朝ドラで、名前や設定などを微妙に改変するということは、これまでも度々ある。『花子とアン』での主人公の不貞および戦争協力問題や、『カーネーション』の主人公の同様の問題などがそうだ。
とはいえ、出自まで変えてしまうのは、さすがに安藤百福の人生を描くドラマとして真摯ではないだろう。