会社法429条1項には、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う」という条文がある。過労死・過労自死事件など、会社の悪質な安全配慮義務違反によって労働者が深刻な被害を負った場合、この条文を根拠に、取締役個人に法的責任を負わせることが認められた裁判例もある。
とはいえ、会社が破産する場合、代表取締役も会社の連帯保証人となっていることが多いので、社長からお金を回収することは困難な場合が多い。本件も、訴訟上での勝敗はともかく、社長からお金を回収できるかどうかについては弁護団内でも厳しい見方が多かった。
それでも、依頼者としては、自死未遂にまで追い込まれたことについて、社長に何らかの責任を取らせるまでは終われないという思いが強かった。その思いは、弁護団としても共感できるものであった。そこで、弁護団は、社長個人に対して訴訟を提起することにしたのである。
社長個人に対する訴訟を提起した後、しばらくして、今度は社長個人についても、自己破産の手続に入るとの通知がきた。裁判所からは、社長に対する訴えを維持するのかどうかの打診があった。
それでも弁護団としては、依頼者と協議の上、社長に対する訴えを維持することにした。こんどは破産法になるが、「破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」については、たとえ破産しても免責されないとする条文がある(破産法253条1項3号)。
依頼者を自死未遂にまで追い込んだ社長のパワハラは、「故意又は重大な過失」にあたるといいうるのではないか。もちろん、あたると判断されるかどうかはわからないし、仮にあたるとしても回収できるような財産はないだろうけれども、それでも、社長に自分のやったことの責任を突き付けたい。
それが、依頼者の強い強い思いだった。
この訴訟は、最終的に、和解で終了することになる。受任から既に4年以上が経過していた。和解条項に、「(社長)は、過重労働とパワーハラスメントによって(依頼者)をうつ病に罹患させたことについての法的責任を認め、(依頼者)に対して謝罪する。」との一文を入れさせることによって、ようやく、依頼者としても、和解に応じてもよいという気持ちになれたのだった。
実は、社長は、和解交渉のなかで、「法的責任」と「謝罪」の言葉をかたくなに拒んでいたらしい。そんななかで和解を成立させるにあたって、裁判所からも社長に対して強力な説得がなされたようである。
被告である社長が自己破産をするので、経済的にはほとんど意味がないと言われても仕方のない訴訟であったが、事案の内容から、裁判所も、依頼者の思いに可能な限り応えようとしてくれたのであろう。
嘘を吐きまくり、そして訴訟から逃げまくった社長であったが、最後にはちゃんと詫びを入れさせることができた。それが、依頼者の勝ち得たものであった。
【関連条文】
役員などの第三者に対する損害賠償責任 会社法429条1項
自己破産における非免責債権 破産法253条1項3号
(島田度/きたあかり法律事務所 https://kitaakari-law.com)
********************
ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp
長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。
最終更新:2018.10.01 04:13