いずれにしても日本では、こうしたかかたちでW杯・五輪のテーマソングとと愛国ナショナリズムが安易に直結する傾向が強くなっているのが現状だが、そんななか、異彩を放っている曲がある。NHKのサッカー中継で流される「2018 NHKサッカーテーマ」に選ばれたSuchmos「VOLT-AGE」だ。
この曲は愛国心を高らかに歌いあげることもないし、対戦相手を「敵」と呼ぶこともない。むしろ、サッカーを通じての相互理解や平和を歌っている。
まず、冒頭からそうだ。Suchmosは〈感じ取り合うのさ 漂うリズム 譲れぬイズム〉と、お互いのチームの主義を戦わせるのではなく、〈感じ取り合う〉と表現する。
そして、続いてでてくるのは〈血を流さぬように 歌おうぜメロディ 自由のメロディ/手に取るのはギター 最新型のセオリー/We never take any arms〉というフレーズ。戦うのではなく、血を流さないように歌う。しかも歌うのは「国のため」ではなく「自由のメロディ」、「手に取るのはギター」でarms=武器は絶対に取らない。そこからは反戦のメッセージすら感じ取れるほどだ。
まさに好戦的な姿勢を全開にする他の局のテーマソングとは180度真逆のアプローチだが、しかし、こうしたリリックにくわえ、曲調も定番のサッカーのテーマソングとはまったく違うものになっていることから、ネット上では〈W杯の曲、Suchmosじゃ全然盛り上がらねー〉〈サチモスの曲、W杯に合ってねー〉という批判も出ている。
しかし、Suchmosはサッカーのことを無視して、ひとりよがりでこの曲をつくったわけではない。それどころか、「VOLT-AGE」は各局テーマソングのなかで、最もサッカー文化への愛と教養に溢れた曲といえる。それを端的に示すのが、このラインである。
〈on the pitch/You’ll never walk alone/Across the space 星の数のように〉
これを聞けば、サッカーに詳しいファンはおそらくニヤリとするだろう。「You’ll Never Walk Alone」というのは、スタジアムでサポーターが合唱する有名なアンセムの曲名だからだ。
この曲は全世界のスタジアムで歌われており、JリーグではFC東京のサポーターが使っているが、とくにプレミアリーグのリバブールFCのものが有名だ。2016年4月15日、1989年にイギリスのヒルズボロ・スタジアムで起きた将棋倒し事故の犠牲者を追悼するため、リバプールとドルトムントのサポーターがクラブの枠を超えて大合唱し、同年のFIFAファン・アワードを受賞したのも記憶に新しい。
「You’ll Never Walk Alone」は、国やクラブチームの枠を越え、サッカーを愛する者同士が連帯するアンセムとして歌い継がれ、数多くの感動的な場面を生み出してきた。
「VOLT-AGE」で作詞を担当したボーカルのYONCEは大のリバプールファンで、ライブでもしばしばリバブールFCのユニフォームを着て登場することで有名だが、そのアンセムが出まれた背景を知ったうえでこのフレーズを使っているのは間違いない。
それは、〈血を流さぬように 歌おうぜメロディ〉という歌詞も同様だ。サポーター同士が血を流したサッカーの負の歴史、ワールドカップを国と国の代理戦争のように位置付けてしまう浅薄なナショナリズムをけん制するために、YONCEはあえて、この反戦的なフレーズを持ち出しているのだろう。