小説、マンガ、ビジネス、週刊誌…本と雑誌のニュース/リテラ

ブルゾンちえみが松本人志をディスった?「娘のために週三で筋トレ。泣けるよね〜」松本のマッチョ化と保守化をあぶり出し

 そして、田中氏は、自分が知っているかつての「松ちゃん」と現在の「松本人志」のあまりに大きすぎる乖離について、「あべちゃん菌」という強い言葉までもちだしてこのように嘆くのであった。

〈誰かが不正アクセスをして「松本人志」を乗っ取った。そして「松本人志」になりすまして好き勝手なことをしている。彼の莫大な数の信者に日々、悪巧みを刷り込んでいる。そして不正アクセスをして「松本人志」を乗っ取ったヤツは「あべちゃん菌」に感染したヤツに違いない〉

 松本の変節に対するこの痛烈な批判は、決してオーバーではない。

 かつての松本は、たとえば竹島問題について『松本人志の怒り 赤版』(集英社)のなかで「母国愛で片付けてしまっていのかなぁ。本質が見えなくなっていますね。母国愛が強すぎて愛が見えなくなっていますよ」「いちばんいいのは、あの海から出っ張っている部分が沈んでしまってくれることです」などと知識は少ないながらも本質をつく、かつアナーキーな発言をしていた。 

 それがいまや、安倍首相に向かって「おじいちゃんの守ってきたこの国が好き」などと迎合発言をするまでになりはててしまった。

 かつては、すべてをストイックにお笑いに捧げ、刃物のように尖っていた松本も、家庭をもち、子煩悩な一児のパパになった。今の地位や既得権益を守ることに汲々とし、いまは炎上を避け、大衆や権力に迎合するばかりだ。
 
 松本のマッチョ化は、そうした保守化や権力への迎合ともシンクロしている。その変化は、ブルゾンちえみに言わせると「家族を守るため」ということらしいが、そう言えば松本はかつて結婚について『遺書』(朝日新聞社)のなかで、こんなことを書いていた。

〈そう、オレのようなコメディアンにとって、家族というのは百害あって一利なしなのではないだろうか? たとえば、子供が小学生にでもなると、親父がコメディアンという理由でいじめられるかもしれない。「学校でいじめられるからバカなこと言わないで」なんて自分の子供に言われたら、オレは、きっと自分の子供をイジメてしまうだろう。ただ、やりにくくなるのは間違いないだろう。また、女の話をテレビでしにくくなる。いまでこそ好き勝手に昔の話でも、最近の話でもしているが、嫁さん・子供がいると、やっぱりパワーが半減してしまうかもしれない〉

〈オレは間違いなく、普通のおっさんになってしまう。オレがいちばんなりたくなかった普通のおっさんにである。昔はおもしろかったのに、普通のおっさんになってしまったコメディアンをオレはいっぱい知っている。やはり、オレにとって結婚はありえないのかもしれない〉

 普通のおっさんならまだマシだが、今の松本は弱きをくじき強気を助ける“マッチョ説教オヤジ”なのだから、余計に始末が悪い。

 そう考えてもやはり、『ダウンタウンDX』でのブルゾンちえみの“キャリアウーマン”ネタは、思いがけず、そんな松本の変節を鋭く突いてしまったネタだったのかもしれない。

最終更新:2017.12.07 05:03

関連記事

編集部おすすめ

話題の記事

人気記事ランキング

話題のキーワード

リテラをフォローする

フォローすると、タイムラインで
リテラの最新記事が確認できます。