第一作目の『ゴジラ』では、太平洋戦争で父を失ったと思われる母と子が「もうすぐお父ちゃんのところに行けるからね」といったことを言いながらゴジラに殺されるシーンなど生々しい残酷描写が描かれていたが、『ゴジラ対ヘドラ』でも、海で獲れた奇形の魚が大量にホルマリン漬けにされていたり、ヘドラが空を通過すると校庭で体操をしていた学生が倒れるシーンが描かれるなど(もちろん、光化学スモッグを意識している)、現実の世界に即した生々しい描写がたくさんある。
そういった『ゴジラ』映画の原点回帰的な側面は、坂野監督自身が意識的に考えていたことだ。切通理作『怪獣少年の〈復讐〉 70年代怪獣ブームの光と影』(洋泉社)でインタビューに応えた坂野監督はこのように語っている。
「ゴジラ映画は昭和二九年の第一作が一番いい。第五福竜丸被曝の直後に作られたという重みがある。日本映画がダメになった原因のひとつは、何かを伝えようという姿勢がなくなっちゃって、だんだん観客に迎合してきたからですよ」
『ゴジラ対ヘドラ』は、ドロドロのヘドロにまみれた海に大量のゴミが浮かぶシーンから始まる。そのシーンでは、坂野監督が作詞を手がけた、麻里圭子 with ハニーナイツ&ムーンドロップスによる主題歌「かえせ! 太陽を」が流れる。その歌詞はこのようなものだ。
〈水銀 コバルト カドミウム 鉛 硫酸 オキシダン〉
〈汚れちまった海 汚れちまった空 生きもの みんないなくなって 野も山も 黙っちまった〉
ここにも骨太なメッセージが隠されている。公害問題を語るうえで、農薬などに含まれる化学物質の危険性を訴えるべく1962年にレイチェル・カーソンが出版した『沈黙の春』を避けては通れないが、前述の歌詞は『沈黙の春』に影響を受けてつくられたものであったと坂野監督は言う。
「『沈黙の春』がアメリカの公害問題のはしりだったんですよ。あれを出版すること自体がいつ襲われるかわからない命懸けの行為だったようです。『かえせ! 太陽を』の歌詞の中身は彼女の考え方に影響されているところがあるね」(前掲『怪獣少年の〈復讐〉』)