〈刑務所に入れば、衣食住の心配はなく、話し相手もいる。さらにいえば、刑務所の刑務作業で少ないながらも金を貯めることができる。彼のように金も頼る相手もいない老人にとって、刑務所はむしろ居心地のいい場所なのかもしれない。罪を犯した者を更生させるはずの刑事施設が、無料のケアセンターと化している現実があるのだ。〉
同書には、他にも数多くの万引き高齢者の事例が紹介されているが、その多くは、病気、離婚、死別、破産、被災、詐欺被害、生活保護など、まさに“下流老人”のすべての要素がつまっている。
〈警視庁は万引きを法律や社会のルールを守るという「規範意識」の低さが生む罪だと訴え続けている。だが、貧困や空腹は人の規範意識など軽々と吹き飛ばす。〉
空腹のため、事務所に連れて行かれるなり、コロッケや弁当を貪り食う老人の事例もあった。さらに貧困に加え、高齢万引き犯の多くは孤独だ。
〈なんらかの理由で家族や頼れる身寄りがなく、ひとり施設で暮らす老人ともずいぶん会ってきた。彼らと話をすると、誰も受け止めてくれない寂しさや憤りを、万引きすることによって社会にぶつけているように感じることもある。「久しぶりに人と話せてよかった。ここに来れば、またあんたに会えるかい?」。
自分が捕まえた老婆から、再会を希望された時には、人と話したいがために万引きしているかのように聞こえて戸惑いを覚えた。この社会に埋もれて見えない老人たちの孤独や貧困が本来、善良であるはずの人間を万引きに走らせている側面は否定できない。〉
もちろん生活苦だけでなく、一定の収入がありながら万引きを繰り返す事例もある。それが近年注目される「万引き依存症」(クレプトマニア)という精神疾患だ。モノを盗む衝動を抑えられず、窃盗により快感や満足、解放感を得るのが特徴の万引きで、圧倒的に女性が多く、過食症や拒食症などと合併するものだが、しかし高齢者の万引きの背景には圧倒的な“貧困”と“孤独”がつきまとう。
しかも、警察は身寄りのない高齢者やホームレスを扱うことを嫌がるため、これでも実は逮捕率は低く、実際には数十から数百倍もの万引き老人が存在すると著者は分析する。
年々増加傾向にある高齢者の万引き事案。ある者は開き直り、ある者は土下座を繰り返す。
内閣府の調査では65歳以上の貧困率は22%という驚愕の結果が出ており、それは今後90%にまで及ぶという予測さえある。
福祉や社会保障を軽視し続ける安倍政権に、万引きせざるを得ない高齢者の貧困や孤独など理解できないのだろう。こうした現状は、まさに姨捨山の国ニッポンというほかない。
(伊勢崎馨)
最終更新:2017.11.24 07:05