■「無駄な二重行政」は存在しなかった! 都構想で逆に赤字が膨らむ
経緯や名称がどうであれ、大阪の行政がよくなり、経済が発展するならよいと考える人もいるかもしれない。実際、アンケートの賛成理由には「二重行政の解消」「経済成長」を挙げる人が多い。だが、それらの効果も専門家によってことごとく否定されている。
筆頭は、『大阪都構想が日本を破壊する』(文春新書)を4月に出版した藤井聡・京都大学大学院教授。公共政策論や都市社会工学の研究者であり、内閣官房参与も務める藤井は、同書や「新潮45」(新潮社)5月号の特集「『大阪都構想』の大嘘」において、今回の協定書を「論外」と切り捨てている。その理由として、先述の名称問題や、実態は市の解体であることに加え、以下のような事実を列挙する。
「大阪市民は、年間2200億円分の『財源』と『権限』を失う」
「2200億円が様々に『流用』され、大阪市民への行政サービスが低下する恐れ」
「特別区の人口比は東京7割、大阪3割だから大阪には東京のような『大都市行政』は困難」
特別区設置協定書では、新たな特別区(現在の大阪市域)が引き継ぐ一般財源は4分の3だけで、残りの4分の1、金額にして2200億円は府に吸い上げられることになっている。それがそのまま特別区に還元されればいいが、府内の人口比率で見れば圧倒的に少ないところに予算が振り向けられる可能性は低い。しかも、橋下市政以前から財政状況が改善してきた大阪市と違って、大阪府は6.4兆円もの債務を抱え、地方債の発行を規制される「起債許可団体」である(橋下が府知事時代に財政を好転させたというイメージもウソで、逆に悪化のペースを早めた)。その借金返済に流用される可能性がきわめて高いことを指摘しているのだ。
そもそも橋下や松井は当初、「都構想で二重行政が解消されれば年間4000億円が浮く」と大風呂敷を広げていた。ところが精査すればするほど効果額は減り、年間1億円がいいところとわかった(このあたりの橋下の説明の変転については次回詳述する)。これに対し、市の廃止・特別区への移行にかかる初期費用は600億円、さらに毎年20億円のランニングコストが見込まれている。これは「無駄な二重行政」がほとんど存在していないこと、市の解体で「無駄を省く」どころか、赤字が膨らむ一方になることを示している。
さらに、藤井はこうも指摘する。
「東京23区には『特別区はダメ、市にしてほしい』という大阪と逆の議論がある」
「東京の繁栄は『都区制度』のおかげでなく、『一極集中』の賜物」
ひと言で言えば、東京の都区制度は自治体として不十分なものであり、それでも栄えているのは企業や人口が集中する首都だから、という話である。大阪の行政の仕組みを東京に似せて変えたからといって東京のように経済発展するはずがない、そもそも各都市の行政機構のかたちと経済情勢の間にほとんど関連がないことなど、子どもでもわかりそうなものだが、橋下は「金持ち東京みたいになるんです」と吹聴しつづけてきた。東京コンプレックスの強い大阪人につけ込む詐術的弁舌である。
こうした状況に藤井は警告を発する。今回の協定書を「何となく」「雰囲気」で安易に支持すれば、小泉純一郎元首相が熱狂的な支持を受けて断行したものの大失敗に終わった郵政民営化や、民主党政権が「霞ヶ関には10兆円や20兆円の埋蔵金がある」と主張しながら結果的に1.7兆円しか捻出できなかった「事業仕分け」と同じ結果になるだろう、と。