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愛川欽也が小説にしていた「出生の秘密」 父親のいない家庭、そして母親との別れ…

 そのうち、ヤクザがらみのトラブルに巻き込まれ、敏雄は浅草を引き払い、再び母親と生活をするようになる。しかし、その後も何をやってもうまくいかない。本屋をやれば失敗し、インチキな服地のセールスもダメ。焦りと苛立ちの末、ついには母親の出す食事を膳ごとひっくり返すまでに荒れる。チンピラに刺されて「あと1センチ深かったら危なかったかもしれないよ」と医者に言われるほどの傷を負った。

 しかし、退院して家に帰った日、敏雄は母から思いもしなかった事実を知らされる。

〈母はいつになく緊張しているようだった。
「母さんはお前に謝ることがあるんだよ。(中略)お前の父さんは、敗戦の翌年に病気で死んでしまったんだよ。(中略)お前が父さんのことをどう思っているか訊きもしないで、父さんの死をお前に話さなかったことは申し訳ないと思っているよ、ごめんね」
 父親は敏雄の知らない町で、知らないうちに死んでいたのだ。母は親子三人で巣鴨の家で静かな一生を暮らす夢を抱きながら敏雄を育てていた。戦争のせいもあるが、善三は母を籍に入れることは実行せずにこの世を去った。母は苦労を感じる暇もなく敏雄を食べさせるために夢中で生きてきたのだ。〉

 告白はこれに留まらなかった。

〈「それからね、大事な話なんだけれど、母さんはある人のお宅へ行くことに決めたよ。歳をとった男の人でね、老後の世話っていうのかね。(中略)その人がさ、母さんにきちんと家に入ってくれって言うんだよ」
 母は言葉を選びながら言いにくそうに話を続けた。(中略)敏雄は突然の母の再婚話に頭の中が白く溶けていくような気がした。〉

 突然、父の死と、母とはもう暮らせないことを知らされた敏雄は玄関に向かい靴を履く。その背中に母は言う。

〈「明後日にはそちらの家へ行くことにしたのよ。あと二晩しかお前と二人だけで過ごせないんだよ。一緒に御飯を食べようよ。母さん、お前の好きなオムライスかバターライスを作るから」
 それでもガラス戸を開けて外に出た。行く先も決めずに敏雄は暗い道を歩いた。(中略)母が再婚するのが嫌だった。母が自分の知らない男の所へ行ってしまう。急に母が遠い人に思えた。〉

 母と過ごす最後の日は、こう描かれている。

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