こうした父の怒りに何度もあった阿川氏は成長するにつれ、「父をできるかぎり刺激しないように生きていたい」と思うようになる(もちろん、それでもふとしたきっかけで怒られてしまう)。言い方は悪いが、夫のDVに怯える妻のようだ。
そんな恐ろしいはずの父を、阿川氏は嫌うことはない。反発を覚えたり怯えたりしながらも、距離はとらない。友だちに泣きついたり、自分の身の上を嘆いたりはするが、「こんなに怒鳴られているのだから、きっと私は強くなっているはず」と殊勝な面を見せる。
阿川氏と父との交流は、現在も続いている。老いた父に、大人になった娘。父の性格は変わらないが、娘は父をうまく怒らせないコミュニケーションの取り方を心得ている。優しく語りかけ「ようやく『怖い存在』への余裕ある対処法を少しだけ身につけた気が」すると結んでいる。
思春期には大なり小なりぶつかりつつも、最終的には父のことを大事にして、コミュニケーションを絶やさない娘。父親とほぼ縁が切れている私からすると、ちょっと近すぎると思うほどだ。2人の関係は客観的に見て「ケンカするほど仲がいい」親子になっているし、見る人が見れば一周まわった「ファザコン」にも映る。
思春期を期に、コミュニケーションが断絶する父娘は多いという。そうした「父親」世代にとって、阿川氏は「理想の娘」だ。「今は自分のことをわかってくれなくても、(阿川氏のように)いつかはわかってくれる」と希望が持てるかもしれない。
振り返ってみると、阿川氏の「叱られ」エピソードは、ほとんどが父親くらいの年齢の男性から受けたものだ。「良い娘」阿川佐和子は、父を上回るくらいの上司の怒鳴り声に耐え、毎日泣きながらも食らいつき、反省し成長する。阿川氏の「叱られる力」は、「叱る側の父親世代に愛される力」なのだろう。
やはり本著は、「叱り世代」「父親世代」である中高年を、ポルノ小説ばりにとことん気持ちよくしてくれるものだ。「叱る側のこういうところが悪い」「若者はこんな考えを持っているのか」といった不安や動揺を誘う要素はなく、飲み会で交わされるような若者に対するぼやきや、「昔はよかった」という思いも共有できる。
本著は、「叱られる力」とは題されているが、実は「叱られる世代」に向けては書かれていない。文春新書の読者層を考えればごく当たり前のマーケティングで、だからこそ大ベストセラーになるのかもしれない。
(青柳美帆子)
最終更新:2018.10.18 05:37