次の日になってもその気持ちは消えない。うさこちゃんの様子が変なことに気づいたお母さんが「どうしたの」「なにかあったの」と聞くと、うさこちゃんは小さな声で答える。「きのう、おみせにいったとき、きゃらめるを とったの。それで、いまも ぽけっとに あるの。」
驚いたお母さんは、今すぐお店に返しに行きましょうと言うのだが、そのページに描かれたうさこちゃんの目には大粒の涙が一滴。
〈うさこちゃんは、おみせに いくのは
いやでした。あんなこと しなければ
よかった。ああ、はずかしい。〉
やはり、うさこちゃんとて、お店に盗品を返しに行くのは勇気のいることで、躊躇があるようだ。
〈でも、これは じぶんの したことです。〉
うさこちゃんは勇気をふりしぼり、お母さんに付き添われ、キャラメルを返しに行く。そしてお店で「こんなことは もう にどと ぜったいに しません」と言うのだった──。
あのおとなしそうなミッフィーが万引きをしていたとは驚きだが、それ以上に驚かされるのは、その描き方だろう。同書には、誰のひと言の説教も、罰も、ない。ほんの12枚の絵と短いテキストで、罪を犯したうさこちゃんの心の揺れだけが、実に細やかに描かれている。つい出来心で万引きしてしまったが、罪悪感にさいなまれ、でも誰にも言えず、ひとり苦しむうさこちゃん。読んでいるこちらも、胸がつまりそうだ。
こうした一見シンプルに見えてものすごく繊細な表現は、ミッフィーの生みの親であるグラフィックデザイナー、ディック・ブルーナの持ち味だ。
太いシンプルな線で描かれたミッフィー、素人目には「1分くらいで描けるんじゃないかな」「目をつぶってても描けるんじゃないかな」と思ってしまいそうなほどだ。しかし『ディック・ブルーナのデザイン』(芸術新潮編集部編/新潮社)によると、ブルーナがその線を描くスピードはおそろしく遅いのだという。実はあの太くてシンプルな線は、なんと、点描画でも描くように、短い点をつないでゆき、描いているのだ。実際、ブルーナの絵をよく見ると、その線は少し震えているように見える。