銃撃に抗議して大会ボイコットを表明した大坂をネトウヨだけでなく日本のマスコミも攻撃
ところが、日本ではこの大坂の行動について「スポーツに政治を持ち込むな」「大会やスポンサーに迷惑」「対戦相手に失礼」などと批判の声が噴出。たとえば、日刊スポーツは8月27日に「大坂なおみの棄権、それでもやはり違和感」と題し、〈多くの人が大坂を支える。家族、親友、ファン、スポンサー、マネジメント会社、大会、ツアー、ライバル選手、そしてメディアなど、数え上げたらきりがない〉〈日本人のように「忖度(そんたく)」しろとは思わないが、この棄権という直接的な行動の陰で、大坂を支えるために走り回っている人がいるのも確かだ〉と暗に忖度しろと批判。9月3日にも「今回はテニスとは関係のない問題であり、棄権ではなく、別の方法での発信を考えても良かったと思います。スポーツ選手の行動は子どもへの影響が大きく『主義主張があれば競技を棄権してもいい』と思わせてはいけない」などというスポーツ倫理学の専門家のコメントを掲載した。
さらに大坂選手の声明に賛同し大会そのものが1日延期されるという一定の成果を得たことから大坂選手が準決勝に出場することになったにも関わらず、多くの日本メディアは「棄権表明の大坂なおみ一転出場へ」と、あたかも大坂選手が心変わりしたかのように報じた。
大坂選手の反差別の気持ちはまったく変わっていない。大坂選手は、1日延期された準決勝に「Black Lives Matter」という文字と、1950年代公民権運動の時代からシンボルとなってきた拳のイラストの入った黒いTシャツで登場。あらためて、反差別の意思を鮮明にした。ウエスタン&サザン・オープンは準決勝を突破したのちケガにより決勝は棄権することになったが、大坂選手の差別への強い抗議の気持ちが揺らぐことはなかった。
そして8月31日、幼少期の大半を過ごしたニューヨークで開幕した全米オープンに、7枚のマスクを用意し、登場したのである。
どうすれば、もっと多くの人が差別の実態を知り、差別をなくすために声をあげ、動くか。大坂選手はそのために、テニス選手である自分にできる方法を考え、コロナ下ならではのマスクを使ったこのユニークなプロテストを実行したのだろう。
さらには、試合後の会見で「人種差別はアメリカだけの問題ではありません。世界中にあります。毎日のように人々を襲っている問題です」「広く伝えることで、意識を高めてもらいたい」「助けになっていると感じるし、助けになりたい」と語るなど、大会中くり返し、反差別のメッセージも発信してきた。
1968年マーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された約半年後のメキシコ五輪の表彰式で、黒い手袋をはめた拳を突き上げ差別に抗議した、陸上のトミー・スミス選手とジョン・カーロス選手は、その行為を咎められ、オリンピックとアメリカスポーツ界から追放された。それから52年経った今、大坂選手の行動そしてそれが大会もメディアも巻き込み世界中で多くの賞賛を集めていることは、半世紀を経ても差別と犠牲者がいまだ絶えない現実と同時に、世界が反差別に向かってわずかながら前進していることも示してくれている。