日本国内でインフルエンザの死亡者は年間1万人以上いるのに、中国人を“ばい菌”扱い
こうした状況は、明らかにテレビマスコミの過剰な報じ方が影響しているだろう。ワイドショーの新型コロナウイルス報道では、春節の休みを利用して日本へ来る中国人観光客を監視するかのように、その一挙手一投足を繰り返し取り上げている。
たとえば27日の『羽鳥慎一モーニングショー 』(テレビ朝日)では、中国人観光客が大阪でマスクを「爆買い」していると報道。さらには北海道の観光ホテルで「中国人宿泊客の部屋に解熱剤がたくさん置いてあった」とのツイートを投稿した女性に取材したり、富士山麓でマスクを外している中国人観光客を「マスク外し『空気がきれい』」とテロップをつけてクローズアップしたりと、まるで中国人全員がウイルスを持っているかのように煽った。同日の『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)も同様で、バスから出てくる中国人観光客を取り上げ「ドラックストアでは大量のマスクを求める爆買いが始まっていた」と興奮した調子で取り上げていた。
中国人観光客がマスクを「爆買い」するのは、単純に中国国内でマスクが不足しているからだろう。マスクをしていなければまるで犯罪者かのように扱い、マスクを「爆買い」すればあたかも中国人のせいでマスクが足りなくなるように煽る。いったい、どうしろというのか。
さらに酷かったのは26日の『ワイドナショー』(フジテレビ)だ。番組では、長嶋一茂が「対応策に関しては、中国から日本に渡航する70万人、これ空も船もあるわけですよ。これ、全便欠航です」などと渡航を完全封鎖すべきと主張。さらに松本人志は、明らかに中国を批判する口調で「初めてやないやないですか、中国からこういうのが来るのって。ほんと考えてほしいですよね」「これもっと日本は抗議していい。抗議というか何と言ったらいいんだろうか、ねえ、やっぱり一番被害を受ける国ですよ」などと発言していた。新型ウイルスで「一番被害を受けている国」はそれこそ中国なのに、いったいこのオッサンは何を被害者ヅラして「中国に抗議しろ」とがなり立てているのだろう。
こうしたテレビの報じ方は、もはや一種のモラル・パニックと呼ぶべきだろう。いま「訪日中国人」全体が「ウイルスを運んでくる」というふうに拡大して定義され、メディアがそのステレオタイプを繰り返し報じることで、日本社会に対する脅威として位置付けられている。本来、防御すべきは「ウイルス」なのに、いつの間にかメディアによって中国人自体が「敵」にすり替えられており、その結果、「自衛」名目のヘイトが肯定されてしまっているのではないか。
実は、新型コロナウイルスによる肺炎の致死率は現時点で3%で、これはSARS(10%)やMERS(34%)よりも低い。これまでに亡くなった人の大半は高齢者で、糖尿病や高血圧、喘息、肝硬変などの基礎疾患を抱えており、もともと健康状態が悪かったという。多くの患者は軽症のまま回復しているとされる。また、インフルエンザの流行によって直接的及び間接的に死亡した者を推計する「超過死亡」の概念では、インフルエンザによる日本の年間死亡者数は約1万人だ。新型ウイルスの感染が拡がっているのは事実でも、テレビなど一部マスコミが「春節で来日する中国人」をセンセーショナルに報じて、無理やり社会問題化させているのは、どう考えても過剰だろう。
マスコミがこんな状態では、本当に、日本で中国人観光客の宿泊拒否が起きたり、最悪の場合、暴漢に襲われるというような事態が起きかねない。モラル・パニックが生まれる報道状況下で、もともと嫌中意識を持った人たちは「自衛だから」と差別を正当化する。そうでない人であっても「自分の身を守るためには仕方がない」とのエクスキューズによって、簡単にタガが外れてしまうのだ。
さらに言えば、大衆は「非常事態」であると認識・錯覚することで、政治権力による強権的な施策に盲従してしまう傾向にある。その思考停止は新型ウイルスにとどまらない。戦時下のように、「外からの脅威」に対抗する「強い政府」を望む大衆のマインドは、その政府の他の政策や政治状況にも有無を言わせない空気を醸成する。だからこそ、通常国会のタイミングで、安倍首相は自ら表立って「ウイルス対策」をしているとアピールしているのだろう。
何度でも言うが、ウイルスよりも恐ろしいのは人間の集団心理だ。そして、この大衆の不安を政治権力は利用しようとする。肝に命じてほしい。
(編集部)
最終更新:2020.01.28 09:55