カウンター運動に参加してきた神原元弁護士の『ヘイト・スピーチに抗する人びと』(新日本出版社)
今月3月9日、観光客でごった返す京都の繁華街。そこで繰り広げられた光景は、まさに「異常」と呼ぶほかないものだった。ヘイトスピーチをがなり立てる差別主義者たった4名のデモ。それを、百数十〜数百人にもおよぶと見られる大量の警察官が取り囲んで警護をおこなったのだ。
そもそも、このヘイトデモの主旨自体が信じがたいものだった。
2009年12月4日、京都朝鮮第一初級学校に「在日特権を許さない市民の会」(在特会)に所属するメンバーら十数名が押しかけ、授業中の校舎に向かって「日本から出て行け」「朝鮮学校を日本からたたき出せ」「犯罪者に教育された子ども」「端のほう歩いとったらええんや、初めから」「この門を開けろ、こらぁ」などと怒声を浴びせかけるという事件が起こった。何の罪もない子どもたちがヘイトスピーチに晒されたこの「朝鮮学校襲撃事件」では、メンバーの一部が威力業務妨害などで逮捕され、中心メンバーの4人に有罪判決が下った。さらに学校側が起こした名誉毀損裁判では約1200万円という高額賠償が命じられ、司法が「ヘイトスピーチは人権侵害行為」だと強い姿勢を明確に示したかたちとなった。
だが、9日におこなわれたヘイトデモは、この「朝鮮学校襲撃事件」の“10周年記念”として企画され、事件を起こして逮捕され有罪判決を受けた元「在特会」副会長のK氏も参加するという下劣極まりないもので、ヘイトスピーチが垂れ流されることは明々白々だった。
そのため、ヘイトデモのスタート地点と予告されていた円山公園前には大勢のカウンターが集まったのだが、そんなカウンターの前に立ちはだかったのが、大量の警察官たちだった。
この日、ヘイトデモ現場代表者を含む3名は車に乗車。K氏がひとり車道を歩き、案の定、拡声器で「朝鮮人は朝鮮半島にさっさと帰れ」などと明確なヘイトスピーチを繰り広げ、円山公園から祇園、四条大橋を渡って観光客が往来する河原町通を警官に囲まれながら行進。しかも、途中で先導車は遁走してしまい、結局、最終地点の京都市役所前に辿り着いたのはK氏ただひとりだった。
つまり、過去に何度も事件を起こしてきた、たったひとりのレイシストを、百数十〜数百人にもおよぶような数の警察官たちが“護衛”したことで、結果、観光客でごった返す京都の繁華街でヘイトスピーチが公然と垂れ流されてしまったのである。
なんたる暴力、恥さらしと言わざるを得ないが、この蛮行には京都大学出身の作家・平野啓一郎氏が〈国家の要人のSPでもあるまいし、馬鹿じゃないのか。何が悲しくて税金でヘイトのボディガード代を出さなきゃいけないのか。日本の異様さを国際観光都市が全力でアピールしてる〉とTwitterで非難。この平野氏のツイートに、日本文学研究者のロバート・キャンベル氏も〈異様な光景。警官の膜にやさしくくるまれて流れるヘイトという毒魚〉と呼応した。
しかも、このデモでは、円山公園前からデモ現場代表者を含む3人が乗車した車が出発しようとしたとき、カウンター市民は非暴力・無抵抗のシットインで対抗。「ヘイトデモ中止!」と訴えたが、警察は市民を排除する一方、レイシストを乗せた車を大勢で何重にも取り囲んで守り車を出発させた。そして車が発進するなか、車中の人物はスピーカーを通してカウンターにこう叫んでいた。
「轢くぞ、轢くぞー! 帰れバーカ、バーカ」
「おらおらおら。来いよお前ら、来いや来いや。おらおら。轢くぞ轢くぞ、いけいけいけ」
カウンターは車で轢くぞ──。このような故意の暴力を公言する人物を乗せた車を、警官は何重にも守り、発車をさせていたのである。普通に考えれば、脅迫行為であり、中止させることもできたはずだが、警察は「轢くぞ」発言をスルーした。