労働者をコマとしか考えず、罪悪感すらもたない経営者
事業譲渡について説明せずにAさんを雇った理由について、「いや~、売り抜くまでしのがなくてはと思いましてね。でもどんどん従業員が辞めてしまうので……誰か来てくれないかと求人を出したんですよ。Aさんが入ってくれて助かりましたよ~。よし、これでなんとかしのげると思いました。」
そう笑顔で語るK氏の言葉から罪悪感を読み取ることはできなかった。労働者はコマではない。すぐに売却される店をたった2カ月もたせるために、労働者を騙して雇い入れる。それによってAさんはもう一つの就職先を断っている。Aさんは不安を抱えてまた就職活動をしなければならないのだ。
契約期間が半年になっていることについては、私の予想とは異なり、
「それはむしろ『半年は働いてもらいますよ』という意味なんですよ。すぐに辞められては困りますからね。」
どこまでも自分と会社のことしか考えていないのだな、と感じた。
表情を変えまいとこらえていた私をよそ目にはにかんだK氏は続ける。
「いや~、先生からいただいた通知を妻に見せたら、『それはあなたが悪いわよ』と言われてしまいましてね~。それではじめてAさんに悪いことをしたのだと知りまして~。」
思いっきり説教してやろうかと思ったが、一通りK氏の話を聞いた上で、K氏の行為は重大な説明義務違反にあたること、それを理由とする損害賠償請求をする意向である旨を話した。丁寧な説明を試みたところ、K氏はあっさりと非を認め、こちらの要求をほぼそのまま受け入れる形で、合意退職と○ヶ月分の解決金の支払いに応じた。
故意に違法な労務管理を行うブラック経営者ももちろん問題だが、労働法規の無知・無関心によって労働者を苦しめるのであれば、それは等しく罪深い。読者の皆さんやその周りの方は、自身の労働条件・労働環境に不満を抱きながらも、「でも社長悪い人じゃないから」などという理由でその状況を甘受してはいないだろうか。
今回のAさんは、正常に怒りを抱き、正常に対応した。Aさんのように声を上げる人が、当たり前であって欲しいと思う。
なお、Aさんはその後無事に次の就職先が決まり、現在は新しい職場で働いているようだ。
【関連条文】
不法行為→ 民法709条
契約を締結するか否かにとって重要な説明を行わずに契約を締結させ、それによって損害を生じさせた場合、説明義務違反として不法行為に該当する場合がある。
(市橋耕太/東京合同法律事務所http://www.tokyo-godo.com )
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■ブラック企業被害対策弁護団
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長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。
最終更新:2018.07.03 11:07