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爆風スランプのドラマーがJASRAC批判…一方、理事長は「『カスラック』と言う人たちは議論の相手だと思っていない」

JASRAC理事長「『カスラック』と言う人たちは議論の相手ではない」

 普通の感覚でこれを読むと詭弁としか思えないが、本番はここからだ。音楽教室から料金を徴収することは、音楽教育を阻害する行為であり、それは将来的な音楽文化の衰退を招くものではないかといった指摘をされるとこのように語ったのである。

「私どもは、決して子どもさんからお金をいただこうと思っているわけじゃなくて、あくまでも営利目的の事業にペイメントをお願いしているんです。現に楽器教室なんかも全部子どもさんで成り立っているわけじゃなくて、子どもさんはほんの一部。大半は大人であったりしているわけです」(前掲「週刊文春」)

 確かに、音楽教室に大人がいないとは言わないが、「大半は大人」という説明にはどう考えても違和感しかない。しかも、仮に生徒が「大人」だったとしても、大人たちが楽器を習うことは、音楽文化の裾野を広げていくことに大きく寄与するはずだ。つまり、JASRAC会長の頭のなかはいかに金をふんだくるかだけで、音楽文化の普及などという観点はまったくないのである。

 また、これはJASRAC会長だけの問題ではない。今年7月にはJASRACの浅石道夫理事長が朝日新聞デジタルのインタビューを受けているのだが(7月20日付)、ここで彼は音楽教室の徴収に反対する声をこう評するのであった。

「予想の範囲内。音楽教室の生徒さんたちが反対するのは当然あるだろうなと。一般の人の反対には、反対のための反対、『JASRACは気に入らないから、この機会にたたいてやろう』というのもあるのだと思う」

 話のすり替え以外なにものでもない。また、京大入学式の式辞の件に関し「グレーな事案であり、徴収するとなれば訴訟になる可能性がある。経営判断として、そこまでしないと決めた。その決断が遅かったというのなら意見としては承る。しかし反省なんかしていない」とした後、さらにこのように語るのであった。

「(揶揄して)『カスラック』という人たちは議論の相手だと思っていない。まっとうな議論をしている人には真摯に対応する」

 どこかの首相の「こんな人たち」発言も彷彿とさせるセリフだが、そこからは批判に真摯に向き合おうという姿勢は到底感じられない。

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