「父が携帯電話でその女性と連絡を取ってて、通話料金がすごくなっちゃってて。気付いた母親が父親の携帯を取り上げようとしたんですよ、母「あんた、こんな払えもしないような金額の電話して! 貸しなさい」父「やめろぉぉぉ」って取り合いになり。あまりにもくだらないというか、携帯ひとつで家庭をこんなに振り回されるなんてってすごいイライラして、取り合ってる2人の間に割って入って、父の携帯を折りました(あっさりと)。(中略)携帯が悪いんだ! って。父親は好きな女性と連絡できないからショボ〜ンとして、母親は証拠隠滅されたとか言って怒りました」
物語のなかで栞は母に向かって「……お父さんって、わたしのこと、愛していたと思う?」と泣きながら聞くのだが、彼女自身の実体験に即した描写がこれだけあることを考えると、この切実な台詞も紗倉自身の思いを投影しているのだろう。
このように、前作以上に身を切るようにして物語を紡ぎ出している『凹凸』だが、実は、彼女のつくる物語のなかに父の存在が出てくるのはこれが初めてではない。そもそも『最低。』にも父の存在は色濃く影響を与えていた。
『最低。』の2章「桃子」では病に倒れて死期の近い父が登場し、3章「美穂」では死んだ父の葬式で妹と会話するシーンがあり(そこでの会話は物語の核となる)、4章「あやこ」は自分を捨てた父(肺がんに冒されもう先は長くない)と大人になってから再会するシーンで終わっている。1章「彩乃」も父こそ出てこないものの、AV出演がバレたことで母と対立し、AVの仕事を選んだことで家族を捨てる物語であり、そういった背景を鑑みれば、紗倉まなは作家性として「家族の喪失」という一貫したテーマをもった小説家であるとも言える。
『凹凸』発売記念イベントの壇上で彼女は「本当に今回は絞り出して書いたので、次は明確な目的がある訳ではありません。ですが、とりあえず書き続けることが今後の目標です」と語っていた。
『最低。』と『凹凸』を読むことで、紗倉まなには作家として書くべき核となるモチーフがあることがよくわかった。しかも彼女はそれを、いわゆる紋切り型の“赤裸々な自分語り”ではなく、冷静な批評眼をもって細やかに描写してゆく。その筆力に、“AV女優が書いた”という冠は不要だ。そう遠くないうちに3作目の小説が届けられるだろうが、今後の作品も注目したい。
(新田 樹)
最終更新:2017.11.22 01:28