中島京子『小さいおうち』(文春文庫)
改憲隠しという姑息な戦略によって参院選で勝利をおさめた安倍政権だが、早くも憲法改正に向けて水面下で動き始めたらしい。公明党、おおさか維新の会に対しては、まず、緊急事態条項から手をつける“お試し改憲”の方向で根回しを開始。テレビでも、“安倍応援団”の評論家・ジャーナリストにその緊急事態条項の必要性を叫ばせるなど、露骨な世論誘導を展開し始めた。
ところが、これに対する国民の反応は鈍い。改憲勢力が3分の2を占めたというのに、昨夏の安保法制のときのような危機感はほとんどなく、むしろ「改憲なんてそんなに簡単にできるわけがない」と、楽観的な空気が支配している。
こうした状況に、警告を鳴らしているのが、山田洋次監督が松たか子主演で映画化した『小さいおうち』(文藝春秋)などの作品で知られる直木賞作家の中島京子氏だ。
中島氏は先週発売の「女性自身」(光文社)8月2日号で、参院選の結果について、「『改憲勢力が議席の3分の2を獲得』という最悪のもの。私自身も大変なショックでした」と嘆き、国民投票に向けて憲法を守るための準備を始めるべきだと力説している。
「改憲は『国民の過半数の賛成』がないと成立しないと思っている人が多いようですが、大間違いです。国民投票は有効投票数の過半数で可決し、最低投票率は設けていない。今回の参院選の投票率は五十数パーセントでしたから、それと同じレベルだとすると、その過半数で可決となる。国民の『4分の1』ほどの賛成で改憲されてしまうのです」
「だから、国民投票を棄権してはダメ。日本国憲法やその解説書を読んだり、識者の意見に耳を傾けたりして、投票の準備をしてほしい。自分のためだけでなく、お子さんや、未来に生まれてくる子供たちに胸を張って渡せるバトンは『平和憲法』だけなんです」
まさに、切実な危機意識と日本国憲法への思いが伝わってくるコメントだが、中島氏はこれまでも、憲法について積極的に発言してきた。
その大きなきっかけは、やはり、中島氏が2010年に第143回直木賞を受賞した前述の小説『小さいおうち』だ。この作品は1930年代から40年代後半の日本が戦争に突き進み、次第に戦況が悪化する時代とその後を描いたものだが、“普通の人々”が、知らず知らずのうちに戦争に巻き込まれていく様がていねいに活写されている。中島氏は映画公開後のインタビューでこんなことを言っている。
「驚くのは本当に戦争が悲惨になるまで、ふつうの人々に悲愴(ひそう)感がないことですね。裏を返すと、人々が気づかないうちに、戦争が泥沼化し、気がついたら後戻りがきかなくなった。戦争って、そんなふうに始まるんですね。(略)時間を追って、戦争の経緯を背景に人々の日常を調べていったら、怖くなりました。今もまた、いつの間にか、ハチマキを巻き、竹やり持ってしまうんじゃないか。そういう可能性があるわけです。この小説を書いたのは安倍政権の前です。当時は『もしかしたらちょっと怖いな』という感じでした。でも、一昨年、安倍政権が誕生し、あっという間に時代が進み、今は『もしかしたら』が外れた感じがしますね。本当に私、怖いです」(日刊ゲンダイ14年2月8日付)