つまり、芸能人の政治的発言が問題視されて石田は追い込まれたのではない。石田が“反政権”の意見を口にしたからターゲットとされ、萎縮したスポンサーやテレビ局によって自由な発言を封じられなくてはならなくなってしまったのだ。
それこそ津川や辛坊治郎といった安倍応援タレントたちは、嫌韓反中の差別を助長するかのようなヘイトまがいの発言もテレビで平然とおこなっている。それが許容される一方で、ただ政権に批判的な態度を見せただけでタレント活動に圧力をかける。──この国は民主主義とは名ばかりの、もはや中国や北朝鮮と同じ状態だ。
石田の手足をもぐような方法で政治的発言を封じ込めたのはスポンサーやテレビ局、広告代理店だが、それらの今回の行動は、独裁的な安倍政権の体質をそのまま反映したものだ。そして、憲法改正によって、今度は市民が自由に発言を行える権利さえ封じようと目論んでいる。
もちろん、圧力に屈してしまった石田に対して「だらしない」という意見もあるだろう。したり顔で「石田に覚悟がなかっただけのこと」などと冷笑する連中も少なくない。
しかし、本当にそうなのだろうか。繰り返すが、石田とは対照的に、安倍政権の応援団たちは何の覚悟もないまま政治発言や差別発言を行っても、一切責任を追及されないどころか、これまで以上にメディアで重用され、甘い汁を吸い続けているのだ。政権を批判する者だけが「覚悟を求められる」社会の異常性をわたしたちはもっと自覚すべきだろう。
(編集部)
最終更新:2020.08.23 07:16