ただ、この2012年のPISAの対象となった当時高校1年生の生徒たち、実は、「ゆとり教育」を受けた生徒たちなのである。彼らがどんな教育を受けたか軽く振り返ってみたい。まず、彼らが小学校に進学するのは03年だが、その段階では1998年度版の学習指導要領が使われており、この世代は入学の時から「ゆとり教育」を受けてきたということになる。
そして、彼らが中学に上がる2009年の前年、08年に指導要領の改訂がなされているわけだが、この08年改訂指導要領が実際の学校現場で実施されるのは、中学校においては12年度からである。つまり、V字回復を成し遂げた生徒たちは、完全に「ゆとり」で学んだ生徒たちなのであった。「ゆとり教育」からの脱却と、PISAのV字回復は実はなんの関連性もなかったのだ。
では、なぜこのV字回復が成されたのか。それは、教育現場において、PISA対策がとられていたからである。PISAの実施機関であるオーストラリア国立教育研究所は、PISAの目的を〈生徒が学校を超えた生活場面で生産的かつ順応して参加できるようなコンピテンシーを測定すること〉としている。つまり、PISAとは単なる詰め込みではなく、知識をいかに現実の生活に活用していくかを問うテストであり、それはこれまでの日本の学校では教えられていないものだった。
そこで教育現場ではPISAのような設問に答えられるような教え方を徹底した。07年度からは全国学力・学習状況調査でも、PISA型の〈活用する力〉を問うB問題が出題されるようになっており、これが授業におよぼした影響は大きかった。事実、実際の学校現場に出向き授業を見学することも多い佐藤氏は「あっ、PISA型だ」と思う授業に出会うことが何度もあったと言う。
また、そもそも、1998年改訂学習指導要領で学んでいた生徒たちの学力が本当に落ちていたかどうかにも疑問が残る。事実、TIMSS(国際数学・理科教育動向調査)の国際順位は、99年から2011年にいたるまでほとんど変わらずに上位の成績を取り続けているからだ。
ということで、「ゆとり」バッシングの理由とされている「学力低下」がまったくの誤解であることがよく分かった。
「新人類」をはじめ、若者たちを世代でくくり、年長者がバッシングする構図は昔から繰り返されてきたことではある。ではあるのだが、「ゆとり世代」の悲劇は、彼らをカテゴライズするために使われた「受けてきた教育」というファクターによって、他の世代をカテゴライズした要素とは違い、単なる印象論でなくあたかも科学的根拠に基づいているかのように受け止められ、しかもマイナス面のみが語られていることにある。