でも、ほかでもないわたしたち自身が、この小説のなかのカフェのように、その偏狭な社会に風を吹き込むことはできるのではないだろうか。カフェの人びとは、行ったこともない、詳しくはよくわからない南の島・ハワイを夢想して、でたらめだけどおいしいレシピや、ハワイ産じゃない、けれどすてきなインテリアをもち込む。ハワイとは、そのじつ、彼女たちにとっては想像上の理想郷という記号だからだ。同じように、多様性を認める、弱い存在も生きやすい社会も、そうやって人びとが夢想し、加わりながらつくることはできるのではないか──。
そんな社会は理想論に過ぎない、と馬鹿にしたり嗤ったりする人はきっと多いだろう。しかし、どんな未来をつくりあげるべきかは、理想を思い描くことなくしてはじまらない。ハワイを夢見るように、あらゆる人びとの権利が守られる社会を夢見たい。“開かれた食器棚”をもちたい。この小説の読後は、そんなふうに考えずにはいられないはずだ。
(田岡 尼)
最終更新:2015.11.28 01:05