また、野田氏は、「南沙で何かあっても、それは日本に対してのメッセージではない」とも言っているが、これも正しい。
そもそも、南シナ海は西沙諸島(パラセル)にしても南沙諸島(スプラトリー)にしても、中国だけでなく、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイといった周辺各国がそれぞれ勝手な理屈で領有権を主張している複雑怪奇な海域なのだ。
点在する島や岩礁には中国語、ベトナム語、タガログ語、フランス語などで複数の名前が付けられている。日本の報道だけを見ていると、あたかも中国のみが傍若無人な振る舞いをしているように思うが、中国が自国の支配地域だと主張する「九段線」の内側にもベトナムやフィリピン、マレーシアが実効支配する島や岩礁がたくさんあって、中国以外の国も軍の部隊を駐屯させ、滑走路や基地などを建設して実効支配を強めようとしている。
例えば、南沙諸島最大の島、太平島は台湾が実効支配し、高雄市の行政区域に入れられている。埋め立てによる軍用空港も完成し、台湾軍が常駐している。台湾の総統がこれを視察に来た際、フィリピンが抗議したこともある。過去には中国が実効支配していた島をフィリピンやベトナムが軍事力を使って取ったり取られたりを繰り返した。ようは「争いの絶えない海」なのだ(ただし、航行の自由は守られている)──。
米イージス艦ラッセンも、中国の“領海”だけでなく、ベトナムや台湾が領有権を主張する岩礁の12海里内でも航行し、領有権問題については中立の立場を貫いていた。中国が南シナ海で国際法を逸脱する行いをしているのは事実だが、それは野田氏が言うように日本に対するメッセージではまったくない。だからこそ、この問題にはあまりコミットせずに独自の外交を展開すべきではないかと言っているのだ。
アメリカが「通航の自由」の確認のために軍艦を入れたとみるや直ちに支持を表明し、あろうことか自衛隊派遣まで口にしていることが、いかに思慮が浅く軽率なことかがこれでお分かりいただけただろう。
しかも、安倍首相は先の国会での安保法制論議のなかでは、民主党の玄葉光一郎議員から南シナ海有事は日本の存立危機事態、重要影響事態となりうるかと問われ、こう答えているのだ。
「わが国が輸入する原油の8割が南シナ海のシーレーンに依存しているのは事実だが、ホルムズ海峡は迂回路がないが、南シナ海にはさまざまな迂回路があるので、ホルムズ海峡の状況とは大きく違うので想定し得ない」
安倍首相がまだホルムズ海峡にこだわっていた6月のことだ。つまり、南シナ海にはさまざまな迂回路があり、ここで何かあっても「日本には関係ない」と、野田氏と同じことを言っていたのだ。それが一転、何の説明もなく自衛隊の派遣とは支離滅裂としか言いようがない。国の安全保障に関する認識だというのに、その時々の都合で簡単にブレまくる。「中国の脅威」より「安倍の脅威」のほうが恐ろしいと言えないか。
(野尻民夫)
最終更新:2015.11.16 07:26