〈わいせつの意味は「いたずらに人の性欲を刺激し興奮せしめるもの」です。が、春画は、実際に永青文庫の春画展などをご覧になればわかる通り、その表現はおおらかで、滑稽で、人間の自虐的な笑いに溢れています。
そして女性自身も性をおおらかに楽しんでいる様子が伝わってきます。
性という逃れられない人間の欲望を客観的に笑う装置にした点でも、現代アート的です〉
春画のなかには、仙人の秘薬を飲んで一寸法師のような大きさになった「真似ゑもん」なる男が、日本全国を旅して、そこで起きている情事を覗きながら感想を述べる「風流 艶色真似ゑもん」なるコミカルな作品もある。また、頭部に男性器があり、股間に顔面があるモンスターのようなキャラが登場する春画もあり、当時は老若男女で集まりそれらの絵を見ながら笑い転げていたという。春画は後ろめたく、薄暗い、わいせつな用途でのみ用いられたものではない。
そして、永青文庫での春画展の委員を務めている美術史家の山下裕二氏は、展覧会の開催をめぐって関係各所と交渉した経験を交えながら今回の件への疑問を投げかける。
〈私は永青文庫の春画展の委員を務めています。春画展を実施するにあたっては、事前に警察とも話し合いをしています。結果、大人気となって、今では入場制限をすることもあります。
美術展は「18歳未満お断り」にしていますが、週刊誌は誰でも見ることができる。それが問題視されたとしても、春画は「芸術新潮」などの美術誌でもすでに何度も掲載されている。それがなぜ、週刊誌に掲載してはならないのか〉
この夏は、山下氏があげた「芸術新潮」(新潮社)のほかに、「美術手帖」(美術出版社)も、春画を大々的に特集してきた。もちろん、今回騒動の発端となった週刊誌と変わらず、性器にモザイク修正などは一切加えていない状態での掲載である。なにをもって「芸術」と「わいせつ」を分けるのか。その基準は明確ではない。だからこそ、取り締まる側はきちんとした基準を設けなければ人々は納得しないだろう。同じ「18禁」指定ではない雑誌でも、週刊誌はダメで、美術専門誌ならOK。こんな曖昧模糊とした線引きで権力が振りかざされるのであれば、いずれもっと恣意的な運用で取り締まりが行われるのではないか?という疑念を抱かざるを得ない。
さて、ここまでは美術系分野の識者からのコメントを紹介してきたが、法律家の観点では、今回の件はどう見えるのであろうか? 最後に、憲法学者・小林節氏の言葉を紹介したい。