辻は太田に「直接、安倍首相に会って何かが変わるなんてことはないよ」と諭したのだ。そして、他にもっとやるべきことがある、とでも言うかのように、フランスの言論状況について語り始めた。
「爆笑問題のように人気があって、社会的影響力が強いコメディアンはフランスにもたくさんいます。それはフランス人は『批判精神を失ったら生きていけない』という覚悟が人気を支えているからだと思うんです」
「フランスでは『批判でもなんでも言えることが素晴らしい』という伝統が何百年も続いているんです」
「だから、それを暴力で潰そうとするとフランスの国民を立ち上がるんですよ。実はテロに遭った『シャルリ・エブド』はフランス政府に一番牙を剥いていた新聞なんです」
太田が『シャルリ・エブド』について、「まあ、行きすぎたものもあったようですけど」と腰の引けたツッコミを入れてきても、辻はまったくひるまず、こう返す。
「だから、行きすぎたことをしたら抗議される。でも、その抗議によって新しい議論も生まれるんです」
そして、太田に対しても、もっと政権批判をすべきだと叱咤するように、こう語ったのだ。
「日本で強い発言力を持っているのはコメディアンの人だと思うんです」
「太田さんは非常によく頑張っている。でもフランスと比べたら、まだまだ批判は優しいほうです」
正直、辻仁成という作家がここまで言論に対する高い意識をもっているとは思っていなかった。たしかに辻はバンド「エコーズ」時代はニューヨークパンクをルーツにした音楽を手がけ、社会性のあるメッセージソングも歌っていたし、作家になった後も、言論の重要性について語ったことはある。しかし、なんとなく、スタイルを模倣しているだけ、という印象がぬぐえなかった。
それが、この対談では、数少ない発言ながら、生活や体験の中から出てくるようなリアルな意識を感じたのだ。やはり、中山美穂との結婚と離婚によるさまざまな圧力、そしてフランスでの生活が彼に本物の強さを与えたのだろうか。