東山紀之『カワサキ・キッド』(朝日新聞出版)
昨年11月、本サイトで報じた東山紀之の自伝的エッセイ『カワサキ・キッド』(2010年発行/朝日新聞出版)の“反ヘイト”記事は大きな反響を呼んだ。神奈川県川崎市のコリアンタウンで少年時代を過ごした東山の極貧時代、祖父がロシア人の血を引くという出自、在日コリアン一家との交流などが描かれた本書は、東山の“反ヘイト精神”が溢れており、在特会やネトウヨ、そして“ヘイト政権”である安倍政権へのアンチテーゼのような内容だったからだ。
本サイトがこの本を紹介すると、一貫して差別を憎み弱者に思いを寄せた東山に対し、「なんて真っ当な主張だ」「目頭が熱くなった」「東山さんを見直しました」などと賞賛の声が数多く寄せられた。しかし一方で、「東山を使った政治的プロパガンダだ」「記事は安倍政権へのヘイト」などの批判も巻き起こった。
これは自分たちにとって都合の悪いものに対するネトウヨたちのお決まりの批判だが、反中嫌韓を源流とする罵詈雑言がネット上を中心に平然と席巻している絶望的言論状況だからこそ、差別を憎み、人間の尊厳の本質を正面から捉えようとする東山の著書を紹介することは必然でもあった。
それは多くの人々にとっても同じだったのだろう。本サイトでの反響を受けて、じつは先日8月7日、この『カワサキ・キッド』が文庫化され、朝日新聞出版からあらためて発売されたのだ。
本の情報雑誌「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)のニュースサイト「ダ・ヴィンチNEWS」では、今回の文庫化をこう報じている。
〈東山が優しい眼差しで、在日韓国人・朝鮮人といったマイノリティ、弱者に対する思いを綴った点が再評価され、2014年11月にニュースサイトが紹介するやいなや、SNSを中心に「たくさんの人に読んでもらいたい」「ここまで書く人はなかなかいない」「滅入っていた気持ちが明るくなった」「弱い立場の人への思いやりが素晴らしい」などのコメントが殺到。“いまの時代にこそ読むべき良書”として再び大きな注目を集めている〉
多くの人が『カワサキ・キッド』の内容に胸を打たれ、本サイトの紹介記事も文庫化に一役買えたことは、たいへん喜ばしい限り。しかも、今回の文庫化に際し、東山は新たに「文庫化にかえて 5年後に思う」との一文を寄せているのだが、それは東山の弱者への温かい眼差し、そして平和への思いがあらためて貫かれたものだった。