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戦後70年談話で迷走、安倍首相が怯える「天皇のお言葉」…天皇から憲法軽視と歴史修正主義への批判が?

 旧憲法下での日本を取り戻そうとしている安倍一派にとって、不都合極まりない発言だ。これについて前出の斉藤氏は、前掲書でこう書いている。

〈むろん、天皇が日本国憲法を尊重することは、憲法九条で「天皇又は摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と定められている以上、当然に求められることといってよい。しかし、そのことに加えて重要なのは、明仁天皇が自己の体験から、そして自己の歴史認識からも、現憲法の尊重を内面的に確信しているということである。

 言論の自由に関しても、天皇の姿勢は徹底している。例えば、天皇は1989年の天皇即位の記者会見で、「天皇制、とりわけ戦争責任については、自由な論議が封じられる風潮があります。天皇制をめぐる言論の自由のついては、どの様にお考えでしょうか」との質問を受け、「言論の自由が保たれるということは、民主主義の基礎であり大変大切なことと思っております」と答えている。さらに記者から「今、おっしゃった言論の自由という観点から、戦争責任について論じたり、あるいは天皇制の是非を論じたりするものも含んでいるというふうにお考えでしょうか」と問われると、天皇は「そういうものも含まれております」と明言した。

 自らへの批判も含めて言論の自由は尊重すべきというのは、最近の自民党や安倍政権にはついぞ見られなくなった姿勢といえる。ここ数年、政府・自民党によるメディアへの圧力事件が後を絶たないばかりか、国境なき記者団が毎年発表している「報道の自由度ランキング」も、2011年に11位だったものが安倍政権発足後の13年は53位、14年59位、15年61位と下降の一途だ。挙げ句の果てに飛び出したのが「(辺野古基地に反対する)沖縄の二つの新聞は潰さなあかん」発言だった。こうした言論の自由をないがしろにする政権の態度は、いまの天皇にとっては、とうてい受け入れ難いものだろう。

 こうしてみると天皇は、安倍政権とその取り巻き一派とは思想的に「水と油」と言っていいほど対照的だ。さらに付け加えれば、靖国神社についても、天皇は先代の昭和天皇を見習って、1978年10月にA級戦犯が合祀されてからただの一度も参拝していない。その天皇が、安倍談話に“対抗”する形で、独自の「お言葉」を出すかもしれないというのである。官邸が怯えるもの当然だろう。

 天皇は今年1月1日の「天皇陛下のご感想(新年に当たり)」で、「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」と述べた。天皇が、満州事変という具体的な事象に触れたことで話題となった。

 満州事変はいうまでもなく1931年9月18日に関東軍が中国の奉天郊外の柳条湖で南満州鉄道の線路を爆破し、これを中国軍の仕業として軍事行動を開始した武力紛争である。これを境に関東軍と中国の抗日運動との衝突が激化した。天皇がこの事件に触れたということは、まさに日本の加害責任、すなわち「侵略」に言及しているということだ。宮内庁担当記者がこう解説する。

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