『新聞記者は何を見たのか 検察・国税担当』(講談社)
「文化芸術懇話会」での言論弾圧発言に象徴されるように、安倍政権と自民党のメディアへの圧力はますますエスカレートしている。しかし、元はといえば、権力をここまでつけ上がらせてきたのは、マスコミ自身の過去の“権力べったり”の姿勢に大きな原因がある。その一端が垣間見えたのが、『新聞記者は何を見たのか 検察・国税担当』(講談社)である。
著者は中日新聞・東京新聞の検察担当を長く務めた村串栄一氏。2013年に定年退社するまで、数々の政界疑獄事件を担当してきたという。
しかし、そこには、唖然とするような権力との癒着が書かれていた。それを端的に示すのが、「検察という魑魅魍魎」「匍匐前進の日々」「沈黙の国税を崩せ」といった章の末尾ごとに書かれた「エピソード」というコーナーだ。
「検察も人の子」というコーナーで、著者はこう書いている。
〈…権力、カネを握れば次は女が定番。ある年の暮れ、法務・検察組織で上位にいた幹部から筆者宅に電話がありました。「僕の女性問題が週刊誌に書かれるらしいんだ。取材にも来た。もう面倒くさいから役所を辞めようかと思っている。辞表を書き終えたばかりなんだ」〉
結局、筆者は聞いたことを何も書かなかった。別の検事が別の案件で検察を辞めようとしていた時は、辞表を出すのを思いとどまるよう説得したとも書いている。
「特捜部長の谷川岳登山」と題するコーナーでは、特捜部長とマスコミ記者が群馬県の水上温泉旅行と谷川岳登山に出かけた時の話が出てくる。1985年8月13日のこと。その前日には同じ群馬県の御巣鷹山に日航機が墜落するという大惨事があったばかりなのに、当時の山口悠介特捜部長の提案で記者がゾロゾロ出掛けたのだ。また山口氏の自宅近くのスナックでは、しょっちゅう記者が集まっていたという。
〈山口さんも…自慢のアコーディオンを持参して弾いてくれました。飲み、歌うに連れ、記者の踊りが始まる。名物はTBSの杉尾秀哉さんの裸踊り。次いで産経新聞の宮本雅史さんが三波春夫の俵星玄蕃を唸り声で披露する。事件を忘れて騒ぎ、朝が来たのです〉