本書では摂食障害を発症した武田祐子さん(32歳)の例が紹介されている。祐子さんの家庭は、幼児期からサラリーマンの父が深酒を繰り返し、それを母が叱責するなど夫婦喧嘩が絶えない環境だった。学歴や年齢が上だった母が家庭内で主導権を取り、父は嫌なことがあると酒やパチンコに逃げる。そのためさらに母が父を叱りつけるということの繰り返し。幼い祐子さんは家族が破綻するのではないかと不安を募らせ続けたという。そして母は世間体を気にするタイプで、しつけや勉強にも厳しかった。祐子さんは母から見捨てられるのを極端に恐れた。母から嫌われている父のようにはなりたくなかった。
「母に見放されないようにと頑張るうちに、いつの間にか祐子さん自身も成績がトップクラスでなければ自分ではない、と感じるようになった」
何でも母の言うことを聞く“良い子”。難関大学にも合格し就職もしたが、しかしそれでも自分を認めようとしない、褒めてくれない母に対し「愛されていないのではないか」と不安にさいなまれ、拒食症になってしまったのだ。
「拒食症の人の両親は必ずしも夫婦喧嘩をするとは限りませんが、夫婦仲に溝があることが多いようです。それも母親が父親より優位に立っているように向けられます」
もともと家族に備わっているはずの機能が果たされなくなった「機能不全家族」や「母娘関係の歪み」と摂食障害の関係。また摂食障害家族と長年関わってきた医師による『家族への希望と哀しみ 摂食障害とアルコール依存症の経験』(大河原昌夫/思想の科学社)でも家族と摂食障害についてこう記されている。
「家庭内に『そこには触れない』タブーが存在することもある。(略)突然亡くなった祖父の自殺かもしれないし、あの日の母の不倫かも知れない。家族全員が事件の存在を知ってはいるが、誰がどこまで知っているのかはお互いの秘密であり、封印されている」
さらに機能不全の家庭のなかで、子どもは家族の機嫌を伺い、親に気を遣うものだという。
「本人がおばあちゃん子であり、その姑と母の仲が悪ければ、子どもが葛藤を引き起こすのは当然です。たとえ、少しばかり気が合わない母と感じていても、子どもにとって母はひとつの『絶対』であり、祖母の味方をして母の機嫌を損ねるのは恐ろしい。母の機嫌を見ながら自分の行動を決めることを学んでいきます」
こうして見ると、たしかに沙也加、そして聖子の家庭に当てはまることは多い。ただ、沙也加の激やせは精神を病んでいるというより、ある種の親離れの表れだという見方もある。