さらに12年に聖子は歯科医と再々婚したがこれが妻子ある男性との略奪婚だった。多くのマスコミがこれを大々的に報じた。しかも聖子には再々婚した夫とは別の男性の影があった。それが元整体師でありマネージャーでもある男性だった。再々婚した聖子だが、しかしマネージャーとの親密ぶりが度々報じられ、その後、沙也加も所属する個人事務所をこのマネージャーとともに飛び出してしまう。
母親の恋愛相手がコロコロ変わり、常に周りから好奇の目で見られてきた過去。聖子の再婚やアメリカ進出などにふり回され、転校を繰り返し、壮絶なイジメに遭ったことや不登校になったことを、沙也加は自著で告白している。しかも、報道によれば、松田聖子は娘に対してかなり支配的な母親だったようだ。仕事にも恋愛にも口出しをしてきたらしい。実際、これまで沙也加がつきあった何人かの男性については、聖子が「あなたにふさわしくない」とその交際に反対し、いずれも破局させている。
また聖子は自身のファンミーティングに沙也加を登場させたり、01年の紅白歌合戦には母娘で「上を向いて歩こう」のデュエットを披露するなど、娘を自分の売り出しに利用していたフシもある。
こうしたことが沙也加の精神状態を不安定にしていた可能性は否めないだろう。
女性の摂食障害と母娘関係に迫ったルポ『「食べない心」と「吐く心」摂食障害から立ち直る女性たち』(小野瀬健人/主婦と生活社)によると、摂食障害は家族関係による「心の傷」から発しているという。
「摂食障害を発症する人は、発症する何年も前から意識的に、特には無意識に親の愛情を疑っています。親の深い愛情を望みながら、同時に親を激しく憎んでいることもあります」
愛情と食事は深い関係にあるという。例えば過食は叶えられない愛情を食べることで満たす行為であり、過食嘔吐の女性が母親の前でわざとガツガツ食べて、その愛情を確かめようとすることすらある。
「愛情が欲しい」。摂食障害はその究極の表現だと著者は指摘する。
「親の愛情を望んで、望んで、望みながら待ち続けて、それでもやっぱりもう期待するのは無理のようだとなったとき、あきらめきれないまま心が拗ねてしまう、それが摂食障害だと考えてください。
『私はお母さんが好き、でもお母さんは私を好きじゃないかもしれない。きっとそうだ』」