なんでも高橋は、蛭子さんに対してフランクに、いやフランク以上の態度で接するらしい。たとえば、番組ロケで会っても、「おっ エビス なんかきれいになったな」「おまえ昔汚かったもんな」と、いつもの正義観溢れる役柄や真麻を溺愛する普段のイメージからはほど遠すぎる言葉遣い。といっても、誰に対しても不遜な態度というわけではなく、当然、街ゆく人に声をかけられれば、高橋はやさしく対応。しかし、蛭子さんいわく「私に対してはなぜかキツい」のだ。実際、高橋と蛭子が共演した番組を観た視聴者には「蛭子さんに対する言葉遣いが横柄だ」と思った人もいたとかで、「その一件があって以来、高橋さんと共演する機会がないんですよ」「共演NGになっちゃったのかな……」と蛭子さんは嘆いている。
そのほかにも、映画の本読みで表情をつくり台本を読む鈴木京香に〈恥ずかしくないんだろうか〉と心でツッコみ、挙げ句、自分の台詞で笑ってしまい場を白けさせてしまったり、『バス旅』でも出されたエビフライに思わず「ちっちゃいなぁ」とつぶやいてスタッフに「蛭子さん、なんであんなこと言うんですか!」と叱られたり。だが、どのエピソードも蛭子さんには悪気はなく、ただ“見たままを喋った”だけなのだ。
もちろん、蛭子さんは芸能人として長く生きられるようにキャラづくりすることも、芸能界にしがみつこうとして躍起になることもない。
「俺は漫画家ですからね、テレビはアルバイトだから、素人ですから。芸能人じゃないからキャラ替えとか、そんなこと出来ないし、考えたこともない」
そんな蛭子さんだが、こだわりがないわけではない。蛭子さんが大事にしているのは「誰も傷つけない笑い」だ。たとえば、店を閉めるというラーメン屋に“最後の一杯”を食べに行くロケで、その店の老夫婦に苦労話を聞き、いざラーメンを食したら恐ろしく不味かった。それでも蛭子さんは「我慢して全部食った」。……じつはこのロケ、ドッキリ企画だったというが、蛭子さんは誰も傷つけていない笑いであることを評価し、「このドッキリは良いドッキリだなと思うんですよ」「こういうのだったら、いくらでもダマされてもいいですよ」と言うのだ。
昨年出版した著書『ひとりぼっちを笑うな』(角川oneテーマ21)でも、蛭子さんはウソを言わない、他人に迷惑をかけることはしない、という矜持を述べている。
「僕自身が自由であるためには、他人の自由も尊重しないといけないという信念であり、それが鉄則なんです。人それぞれ好きなものは違うし、ライフスタイルだって違う。そこをまず尊重しない限り、いつか自分の自由も侵されてしまうような気がしてなりません」